9.明日

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 少し乾いた唇に、自ら唇を重ねた。 「殿下⋯⋯」  シェンバー王子は、呆然とした表情でぼくを見る。 「イルマだ」  ぼくは、王子に言った。 「名前で呼んで」 「⋯⋯イルマ」 「うん」  涙が、またひとつ零れる。 「⋯⋯王子が、他の人に笑いかけるのは嫌だ」 「では、貴方の前でだけ笑いましょう」 「うん」 「私も、貴方の騎士と間違えられるのは嬉しくないのですが」 「⋯⋯頑張ってみる」  小さな笑い声がする。 「⋯⋯私のことはシェンとお呼びください」  聞いたこともないほど、優しい声が耳元で囁く。 「シェン」 「はい」 「ぼくは、シェンが好きだ」  王子がぼくの体を、恐る恐る抱きしめた。 「私が、自分から欲しいと思ったのは、イルマだけです」  蕩けるような微笑みを、ぼくは瞳に焼きつける。  祝福の子たちは、みんな、夢見てきた。  未来のない者でも、誰かを好きになることを。  「明日」を、愛する者と約束することを。 「この先も、一緒にいて」 「ええ、ずっと一緒にいますよ。⋯⋯約束します」  シェンは、ぼくの黄金の瞳に優しく口づけた。  幼い頃、乳母に聞いた。  ねえ、ルチア。  ぼくが祝福の子だから、皆がぼくのことを好きなの?  ぼくが祝福の子じゃなかったら、誰も今みたいに好きでいてくれないのかな?  イルマ様。  人は誰でも、自分に良いものが好きなのです。  でもね、決してそれだけではないのですよ。  祝福の子だから、イルマ様を好きな方もいるでしょう。  祝福の子じゃなくても、イルマ様を好きな方もいます。  貴方様ご自身を、ただ愛する方がたくさんおりますよ。  ねえ、ルチア。  ルチアはぼくが祝福の子じゃなくてもいい?  ええ、イルマ様。  イルマ様がお幸せに生きてくだされば、それが私の祝福です。  乳母の顔は、とても優しかった。  それは今思えば、女神の像によく似ていた。  ぼくが、ただぼくのままで。  幸せに生きてくれればいいと言った。  あの言葉がずっと、ぼくの支えだった。  ルチア、ぼくは彼と生きていく。  ──ようやく「明日」を見つけたよ。  【本編 了】 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー  明日からは、後日談(R18)+番外編です。 
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