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少し乾いた唇に、自ら唇を重ねた。
「殿下⋯⋯」
シェンバー王子は、呆然とした表情でぼくを見る。
「イルマだ」
ぼくは、王子に言った。
「名前で呼んで」
「⋯⋯イルマ」
「うん」
涙が、またひとつ零れる。
「⋯⋯王子が、他の人に笑いかけるのは嫌だ」
「では、貴方の前でだけ笑いましょう」
「うん」
「私も、貴方の騎士と間違えられるのは嬉しくないのですが」
「⋯⋯頑張ってみる」
小さな笑い声がする。
「⋯⋯私のことはシェンとお呼びください」
聞いたこともないほど、優しい声が耳元で囁く。
「シェン」
「はい」
「ぼくは、シェンが好きだ」
王子がぼくの体を、恐る恐る抱きしめた。
「私が、自分から欲しいと思ったのは、イルマだけです」
蕩けるような微笑みを、ぼくは瞳に焼きつける。
祝福の子たちは、みんな、夢見てきた。
未来のない者でも、誰かを好きになることを。
「明日」を、愛する者と約束することを。
「この先も、一緒にいて」
「ええ、ずっと一緒にいますよ。⋯⋯約束します」
シェンは、ぼくの黄金の瞳に優しく口づけた。
幼い頃、乳母に聞いた。
ねえ、ルチア。
ぼくが祝福の子だから、皆がぼくのことを好きなの?
ぼくが祝福の子じゃなかったら、誰も今みたいに好きでいてくれないのかな?
イルマ様。
人は誰でも、自分に良いものが好きなのです。
でもね、決してそれだけではないのですよ。
祝福の子だから、イルマ様を好きな方もいるでしょう。
祝福の子じゃなくても、イルマ様を好きな方もいます。
貴方様ご自身を、ただ愛する方がたくさんおりますよ。
ねえ、ルチア。
ルチアはぼくが祝福の子じゃなくてもいい?
ええ、イルマ様。
イルマ様がお幸せに生きてくだされば、それが私の祝福です。
乳母の顔は、とても優しかった。
それは今思えば、女神の像によく似ていた。
ぼくが、ただぼくのままで。
幸せに生きてくれればいいと言った。
あの言葉がずっと、ぼくの支えだった。
ルチア、ぼくは彼と生きていく。
──ようやく「明日」を見つけたよ。
【本編 了】
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明日からは、後日談(R18)+番外編です。
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