1.秘め事 【惑う】

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1.秘め事 【惑う】

 イルマ王子の様子がおかしいと、最初に気づいたのはセツだった。  王子の生活は規則正しい。  元々素直で、乳母ルチアの教えがしっかり身についている。  早寝早起き、朝の祈りを欠かすことはない。  その王子がここ二日ほど、寝過ごしている。  昼間も時々ぼうっとしたり、眉を(ひそ)めたりしている。 「どうしよう⋯⋯」  呟くこともある。  その後は大抵、暗く沈んでいるのだ。 「イルマ様、どうなさったんです? 何かお悩みでも?」 「いや、何でもない」  そう言いながら、イルマ王子はふらふらと庭に出ていく。  昨日は、よろけて泉に落ちかけていた。  ⋯⋯どこが、何でもないんだ。 「あんなに落ち込んでいらっしゃるなんて、何があったんだろう」 「どうして落ち込んでいらっしゃるとわかるんです?」  首をひねるレイに、よく見てごらん、とセツが言う。 「イルマ様はわかりやすい。落ち込むと、元気のない小動物みたいになる」  ふわふわの柔らかい髪はへにょんと(しお)れるし、背中も丸まってしまう。何よりも。 「イルマ様は、つらくなると寝てしまう」 「眠る?」  セツは頷いた。 「昔からそうなんだ。手間がかからないといえばその通りなんだけど、悲しいことや悩み事があると、すぐに眠ってしまう」  睡眠で体力を回復することで、心に受けた痛手も治そうとするのだろうか。  レイが庭を見れば、イルマ王子は、茂みに足を取られて転ぶ寸前だった。  翌日。 「⋯⋯一体、どうして?」  シェンバー王子は呟いた。  逃げられた。  挨拶をしただけだったのに。 「おはよう、イルマ」  ──たしか、そう言っただけだったと思う。  返事はなく、ガタンと大きな音がしてパタパタと遠のく足音が聞こえた。 「私は、何かしたんだろうか?」 「何かなさったのですか?」 「いや、まだ⋯⋯何もしていないと思う」 「⋯⋯」  主従のわけのわからぬ会話が続く。  レイは黙って、主を朝食の席に導いた。  
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