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イルマ王子は、夕食時にようやく顔を出した。
小鳥がついばむ程度にしか、食事が進まない。
いつもは自分からよく話す王子が黙り込んでいると、食卓は静まり返っている。
シェンバー王子が話しかけても、相槌を打つばかりで話は弾まなかった。
夕食後にシェンバー王子は、イルマ王子を部屋に呼んだ。
「⋯⋯ここに来て、イルマ」
部屋の入り口に立ったままのイルマに、シェンバーは優しく声をかけた。
おずおずとやってくる気配がする。
しょんぼりと前に立つ小柄な体に手を伸ばす。
「どうした? 何が気になっている?」
髪に触れれば、ぴくりと体が震えた。
黙り込む恋人を、そっと胸の中に抱き込んだ。
柔かい髪、腕の中にすっぽり入るしなやかな体が心地よかった。
イルマはシェンバーの胸に頭を預けながら、ぽつりと言った。
「⋯⋯本を」
「本?」
「読んだんだ⋯⋯」
シェンバーは、イルマを長椅子に座らせて、自分もその隣に座る。
うつむいた頬に指で触れれば、イルマはその指に自分の手を重ねた。
すりすり、と頬をすりよせてくる。
シェンバーの胸は跳ねた。
──待て。落ち着こう。
平静を装って尋ねる。
「書庫の本だろう。何を読んだ?」
「房中術雑記」
「!!!!!」
シェンバーは、血が逆流するのを感じた。
「⋯⋯日記になってて。閨の中でするあれこれについて、綴ってあった」
その本なら、ずっと昔に読んだことがある。
閨房術で人気を博した本だ。美貌の主人公が、男女問わずたくさんの恋人と華やかな生活を繰り広げる。性遍歴と多様な性技が王宮でも話題になっていたから、誰かが書庫に入れたのだろう。
イルマは、シェンバーの手を握ったまま続けた。
「⋯⋯何か面白い本がないかな、って思って。赤い革表紙で題名がなかったから読み始めたんだけど」
衝撃の内容続きで、頁を繰る手が止まらなくなった。
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