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4.恋情 一夜明けて ※
【イルマ】
目が覚めたら、温かい腕の中にいた。
金色の光がさらさらと降ってくる。触れてみれば、絹糸みたいだ。
起こしたら悪いな。
腕の中で、そっと見上げる。
シェンは、とても綺麗だ。
閉じたまぶたには、繊細な長いまつ毛が揃っている。
染み一つない肌は白磁のようで、体温があるのが不思議なくらいだ。
筆で描いたようなほっそりした眉の下に、輝く瞳がある。以前は深い瑠璃色だった。
スターディア王家に伝わる瑠璃色の瞳。
女神の湖は様々に色を変える。時折、シェンの瞳と同じ色を映し出す。
ゆらゆらと揺蕩う時の中に囚われていた時。
大切なものがいくつも、泡のように浮かんでは消えていった。
意識が曖昧になる中で、何度も繰り返し呼んだ名前がある。
⋯⋯サフィード、セツ、ユーディト。ルチア。
王子、と呼ぼうとは思わなかった。ただ。
何か言いたげなシェンの顔が浮かんだ。
湖で、シェンの瞳の色を捉えるたびに、心の奥で何かが動いた。
──ちょっとだけ、触れてもいいかな。
逞しい胸に当てていた手を動かして、指先で形のいい唇を撫でる。
そう言えば、初めて会った時も裸だったな。
あの時は⋯⋯。
色々思い出すと、もやもやする。
この肌は、たくさんの人を知っている。
そう思った途端に、今まで知らなかった気持ちが押し寄せた。
【シェンバー】
さっきから、ずっと我慢している。
『イルマ殿下は、小動物みたいなんですって』
セツから聞いた、とレイが笑いながら言った。
たしかにそうかもしれない。
腕の中の生き物が、小刻みに動いている。たぶん、本人は意識していないのだろう。
だが、こちらは長年、訓練と実戦経験を積んできたのだ。
相手の気配や動きの変化は、すぐにわかる。
イルマが起きる前から、目覚めていた。
腕の中の温もりが愛しくて、強く抱きしめたら壊れてしまうような気がして。
そっと抱きしめたまま、動けなかっただけなのだ。
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