4.恋情 一夜明けて ※

3/5
前へ
/486ページ
次へ
 シェンバーは、目を伏せて言った。 「⋯⋯イルマは、私を汚いと思うだろうか」 「え?」 「たくさんの人間と肌を重ねてきた。そんな人間は、嫌だっただろうか⋯⋯」  イルマは、目を大きく見開いた。 「そんなこと、思ってない。ぼくが思ったのは⋯⋯。もっと、自分に何かできたら。⋯⋯好きになってくれるかな、って」  ⋯⋯シェンが、今まで触れてきた人たちよりも。  呟くように言う声は、シェンバーの耳に届いた。  ──この愛しい人は、嫉妬と言う言葉を知らないのかもしれない。  フィスタの王族たちが、イルマに何も教えずに育てた意味が分かるような気がした。  女神の(もと)に旅立つ祝福の子たちは、この世の(しがらみ)から解き放たれているように。  肉欲すらも、その身から離れているように。  シェンバーが目の縁に溜まった涙を舐めれば、イルマはぱちぱちと目を瞬いた。  そんな仕草さえ愛らしいな、と思う。 「⋯⋯こんなに泣いたら、目がはれてしまう」  目元に口づけ、唇を軽くついばむ。 「過去を変えることはできないから⋯⋯。イルマが私を嫌わないでいてくれたら嬉しい。それに。私は、イルマが私のようでなくて良かったと思う」 「⋯⋯シェン?」 「経験だけあればいいというものじゃない。快感があっても気持ちの伴わない行為は虚しい。それを教えてくれたのは、イルマだ」  シェンバーは、イルマに向かって微笑みかけた。 「イルマが、たくさん経験を積んでいたら⋯⋯」  シェンバーは、独り言のように呟いた。 「⋯⋯相手を一人ずつ、⋯⋯にしたかもしれないな」 「シェン?」  イルマが、聞き損ねた言葉をもう一度聞こうとした時だった。  シェンバーが、起き上がってイルマの腕を捉えた。 「知らないことは、これから知ればいい。一緒に」
/486ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5965人が本棚に入れています
本棚に追加