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シェンバーは、目を伏せて言った。
「⋯⋯イルマは、私を汚いと思うだろうか」
「え?」
「たくさんの人間と肌を重ねてきた。そんな人間は、嫌だっただろうか⋯⋯」
イルマは、目を大きく見開いた。
「そんなこと、思ってない。ぼくが思ったのは⋯⋯。もっと、自分に何かできたら。⋯⋯好きになってくれるかな、って」
⋯⋯シェンが、今まで触れてきた人たちよりも。
呟くように言う声は、シェンバーの耳に届いた。
──この愛しい人は、嫉妬と言う言葉を知らないのかもしれない。
フィスタの王族たちが、イルマに何も教えずに育てた意味が分かるような気がした。
女神の下に旅立つ祝福の子たちは、この世の柵から解き放たれているように。
肉欲すらも、その身から離れているように。
シェンバーが目の縁に溜まった涙を舐めれば、イルマはぱちぱちと目を瞬いた。
そんな仕草さえ愛らしいな、と思う。
「⋯⋯こんなに泣いたら、目がはれてしまう」
目元に口づけ、唇を軽くついばむ。
「過去を変えることはできないから⋯⋯。イルマが私を嫌わないでいてくれたら嬉しい。それに。私は、イルマが私のようでなくて良かったと思う」
「⋯⋯シェン?」
「経験だけあればいいというものじゃない。快感があっても気持ちの伴わない行為は虚しい。それを教えてくれたのは、イルマだ」
シェンバーは、イルマに向かって微笑みかけた。
「イルマが、たくさん経験を積んでいたら⋯⋯」
シェンバーは、独り言のように呟いた。
「⋯⋯相手を一人ずつ、⋯⋯にしたかもしれないな」
「シェン?」
イルマが、聞き損ねた言葉をもう一度聞こうとした時だった。
シェンバーが、起き上がってイルマの腕を捉えた。
「知らないことは、これから知ればいい。一緒に」
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