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1.あなたに焦がれて
南の離宮には、案外、来客が多い。
シェンバー王子が滞在するようになってからは、貴族や領主たちが次々に挨拶にやってくる。
それを知った商人たちも、せっせと御用窺いに来るようになった。
「セツ様、こちらはいかがでしょう?」
「必要ないと言ったはずですよ。サウル殿」
「おや、私の名前を覚えていただけたのですね。光栄です!」
褐色の肌に金色のゆるい巻き毛の商人が、満面の笑顔になる。
年の頃は二十台前半だろうか。
愛想がよく、こちらが一つ言えば十は答えてくる。勘の良さと、相手をうまく乗せる会話術は見事なものだ。多少話しすぎるきらいはあるが、無口な商人など話にならないので問題はない。
彼の父は王都で店を開いたので、近年は息子たちが取引先に顔を出している。
一代で王宮に顔を繋げた父の手腕は、確実に子どもたちにも受け継がれていた。
僕の前には、様々な嗜好品が並んでいた。
スターディア産だけでなく、異国のお茶、装飾品の数々、香水に香油。
サウルは、懐からそっと小さな包みを差し出した。
「⋯⋯よかったら、こちらを」
じっと見つめれば、サウルが、にこにこと微笑む。
「ロダナムで採れる最高級の品をご用意しました。セツ様の瞳の色によくお似合いになると存じます」
僕の瞳は、緑がかった青だ。顔立ちと瞳の色は母から受け継いだ。
この包みの中には、きっと同じ色合いの宝石が用意されているのだろう。
「ただより高い物はない」
「は?」
「母の言葉を思い出しただけです。サウル殿、お持ち帰りください。私が頼んだものは、主の為のお茶だけです。我が主は、華美な物を好みません」
「⋯⋯承知致しました」
若き商人は微笑んだまま、包みを隠しにしまった。
お茶を何品か選び終えると、商人は小瓶を取り出した。
「こちらはいかがでしょう? 最近話題の香油でして、大変希少な品です。香りよく、不純物も入っておらず、御体に負担もかけません。想い合う御方と、より親密な時間をお過ごしになれると評判です」
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