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「味見用にもらったんだけど、あげる」
「え、え! これ?」
「イルマ殿下のお供で孤児院に持っていくお菓子なんだ。スターディアにはないかなあ。親が子どもの為にお菓子を焼く日」
「⋯⋯ないです。子どもの成長を祝う日はあるけど」
「まあ、似たようなものか。じゃあ、レイにもお祝いだよ」
ふふふ、と悪戯っ子のように笑って、まだ子どもだからね、と言った。
他の侍従には内緒だよ、と細い指を口元に当てる。
侍従たちの間では、セツ様は憧れの人だった。
涙なんか、とっくに引っ込んでいた。
セツ様が、自分にくださった。そう思ったら顔が熱くなった。
手の中の包みから甘い香りがする。
セツ様は、大きな包みを抱えて行ってしまった。
自分の胸の動悸だけが、いつまでもおさまらなかった。
☆★☆
「そんなこと、あったっけ⋯⋯」
シェンバー王子が無理やり、孤児院についてきたことなら覚えている。
あの日は一日中忙しくて、レイに菓子を渡したことは記憶になかった。
「嬉しかったんです。いただいた菓子を、ずっと食べられずに持っていました」
「⋯⋯そうだったんだ」
異国に来たばかりで寂しかったのだろう。
レイが、そんな切ない思いをしていただなんて。
「あの頃からずっと、セツ様は優しかった」
レイが懐かしそうに笑う。
自分が覚えてもいないことで感謝されて、なんだか落ち着かない。
「ごめん、全然覚えてなくて。僕は、いつだって自分の仕事のことばかりだ」
「⋯⋯私には、大切な思い出です」
レイが僕の手をとる。
騎士たちがするように、僕の手の甲に口づけた。
思わず、びくりと体が震える。
⋯⋯子どもだと思っていたのに、こんなことをするようになるなんて。
視線が合った。
「嫌ですか?」
「⋯⋯い、嫌じゃないけど!」
あっと思った時には、もう一度抱きしめられていた。
熱の籠もった声がする。
「貴方を、諦めなくてもいいですか」
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