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駅前の薬局で、私はかれこれ30分ほど陳列棚の前に居座っている。
買おうか買わまいか…買ったとしたら、きっとこの好奇の眼差しが気にならなくなるだろうし。けれど買ってしまったら、もう後には戻れなくなりそうだ。
私はそっと目線を例の物体から横にずらし、隠しきれなかった色に溜息を吐いた。
『やっぱり買お』
私は長時間の葛藤に区切りをつけ、商品を手にレジに並んだ。
会計を済まし、早上がり出来たためにまだ日が落ちていない外を、家へ向かって寄り道せずに歩く。ぶら下がったレジ袋を見る度に憂鬱な気分になるのは何でだろう。
「おつ!今日早かったんだね」
自分のアパートの前でトンっと背中を叩かれたと思えば、私の後ろには金髪の女性が立っていた。スカジャンに雑いメイクをしているギャルみたいな彼女は中学校からの腐れ縁だった。
「びっくりした…あんたも?」
私は驚きと少しの怒りで眉を顰めながら、彼女に返す。
「うん。君は綺麗で目立つから、追いかけて来ちゃった」
来ちゃったじゃねえよ。可愛いとか思ってないくせに、こいつは毎回毎回、悪気なく私のコンプレックスを指摘しやがって。
「ん?なにこれ」
「あっ、ちょっ…」
距離感ゼロのこの女は私の手から薬局のレジ袋を強奪した。
「あーあ、やっぱり。いつかやると思ってた」
私が買った物を見た瞬間に、彼女はいつものガサツな性格からは想像できないほど静かに笑った。そして諦めにも似た表情をした彼女は、そっとそのレジ袋を私に返す。
「いつかやるって…」
「だって君自身は嫌いだったでしょ?口に出したことは無かったけど、いつか変えるんだろうなーって」
このギャルは意外と察しがいい。そして私には勿体無いくらい真っ直ぐで正直だ。いつも人の目しか気にしてない私は、自分が目立たないという理由だけで彼女に近付いた。そのことも、きっと彼女は分かってるんだろう。
「反対しないの?」
「あたしはもう変えた身ですから」
ニヒヒと笑う彼女は、いつも自分の選択に誇りを持っていた。
羨ましい、羨ましい、羨ましい。彼女みたいにキラキラしたくて近付いたのに、眩し過ぎて、私が失明しそうだった。
「あ、でも君の色、あたしは大好きだから。変える前に堪能させて」
そう言うが早いか
「幾らあたしが好きだと言っても、信じてくれなかったけど」
と痛いところを突きながら私の帽子を取った。
さらり。帽子に押し込んだ色が緩やかに波打ちながら解けていく。
「どれだけあたしが染めたって、君の色にはなれない」
羨ましい。彼女は眉尻を下げてそう言った。
彼女は「君を見てると、黒がつまんなくなってくるわ」と言って、ころころと色を変え始めたけれど、絶対に私の色にしたことは無かった。
太陽が静かに沈み始め、空がオレンジ色に染まっていく。
「綺麗だよ。君がどう思おうと、この夕日みたいな君の髪の色が私は大好き」
確かにこの色は私の色と同じだった。私が嫌いだと蔑んだ、この髪の色に世界は染まっていく。
地毛のせいでイジメられたり、変な目で見られた回数なんて数える方が馬鹿らしい。ギャルである彼女の側にいれば目立たないとか、自分の保身しか考えていない私に彼女はいつも君の色は綺麗だと笑った。
そっと、彼女が私の髪にキスをする。そして名残惜しそうに髪から手を離すけど、私が色を変えることを引き留めはしない。
別に私だって、私の色が元から嫌いなわけじゃ無い。ただ嫌いになっただけ。
じゃあね、と帰ろうとする彼女に
「あんたにあげる」
と黒染めを押し付けた。
「え?」
素っ頓狂な声をあげる彼女に向かって
「あんたが私の色を好きでいてくれるなら、私も自分の色を好きになってみようと思う」
嫌いになったなら、また好きになればいい話だ。
もう夕日は沈んでしまったけれど、私の赤はキラキラと輝いていた。
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