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2.
朝哉は、有紀の話通り見た目は良かった。藍色の髪はやや長く、前髪を分けていて、ぱっと見は女っぽくもあるが目力は強く眉もりりしい。顔が濃いめの美青年といったところだ。が、あいにく瑞紀のタイプではなかった。
「はじめまして、黒田瑞紀です」
「ああ、一色朝哉といいます。今日はよろしく」
最初の挨拶は普通だった。そのあとだ。
「君、本当にあの有紀さんの妹さん?」
「…………はい?」
「いや、ごめん。たいてい、美女の妹って美女じゃん。君はなんていうか……美女っていうよりこう……オオサンショウウオみたいだな」
初手から外見について言ってきた。この時点で、“あ、帰ろ”と瑞紀が思ったのはいうまでもない。
ていうかオオサンショウウオってなんだ。褒めるてるのかけなしてるのか。瑞紀にとっては、オオサンショウウオはかわいいと思う対象なのでどちらかといえばプラスな感想だが、一般的には突っ込まざるを得ない。
とりあえず、笑顔でいよう。
「オオサンショウウオは初めて言われました」
「だろうね。気を遣って最大限の言葉がそれだから」
――今までの人が気を遣ってないみたいに言うな。
のどまで出かかったそれをぎりぎり飲み込む。正直、こんなにマウントをとってくる人だとは思っていなかった瑞紀はげんなりした。
これからこの人の話相手にならなきゃいけない。ましてや結婚なんて絶対に無理だ。うん、帰ろう。
トイレに行くのをどう切りだそうか、と考える瑞紀をよそに、朝哉は邪魔されないのをいいことに、べらべらしゃべっている。
「でも俺は歓迎だよ。なんたってあの黒田有紀さんの妹さんだからね。お金をかければ同じくらい美しくなれるはず。俺が出資するよ」
この言葉に、こめかみあたりの血管がふくらむのを感じた。
「……私は、姉になりたいわけじゃありません」
「そうなの? でも劣等感とか感じない? 事前にもらったプロフィールだと、君は大学も――」
「これじゃまるで面接ですね」
「お見合いはそういうものだろう。君が俺にふさわしいかを見極めなきゃならない」
それはこっちもだ、をなんとかのみこむ。
「……すみません、お手洗いに」
「ああ、どうぞ」
控えめに言えば、朝哉が素直にうなずいたのでこれ幸いとばかりに席を立つ。廊下に出て受付へ行き、そこにいた女性従業員に声をかけた。
「すみません」
「はい」
「松の部屋に来てる黒田なんですが、帰りたくて……女将さんは?」
「女将は今接客しておりますので、お伝えしておきましょうか」
「はい、それで。お願いしていいですか?」
「かしこまりました」
「どうも。では」
互いに軽く頭を下げて、瑞紀は自身の草履を下駄箱から取り出す。そこで、はたと気づいた。
「このまま正面から出て帰ろうとすると、一色さんに見えちゃうよね……」
そう、確か彼は窓側が見える席だった。せめて見つからないようにしなければ。
「よし、確か裏口があったはずだからそっちから帰ろう」
ひょい、と草履を持ち上げ、コソコソとするように廊下を抜けて裏庭の方で草履をおろす。すれ違う従業員もおらず、誰にも見られることなく店を出ることに成功した。
「これで帰れる、やれやれ」
ふぅ、と息をつくと草履をはいて裏口から出る。
三〇分どころか五分ともたなかった。それでも頑張ったほうではあった。
有紀がまだ駐車場にいるかもしれない、とそちらへ向かおうとしたところで、鳥居が目に入る。大きくはないが朱色は時代を感じさせるように色がやや沈んでいる。
「……一応、もうちょっと時間潰さないとね。鳥居があるなら神社もあるかな? 着物にはぴったりだし、寄り道しちゃおう」
嫌な気持ちをふりはらいたくなった瑞紀は、気分転換とばかりに鳥居の方へと向かった。
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