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3.
瑞紀は鳥居を見つめて、ふーん、とあたりを見渡す。
有紀と違い、料亭そのものも初めてな彼女は当然周辺にも詳しくない。
「……あれっ、鳥居だけだ。てっきり神社でもあるのかと思ったのに」
鳥居の向こうには道が続いているようだったが、山があるようで木が生い茂っており、どうなっているかは見えない。
「この鳥居、結構古そうだなぁ」
そう呟きながら鳥居をくぐった次の瞬間、冷たい風が吹き瑞紀の顔にあたり、反射的に目を閉じる。
「うわっ、さむっ!」
いくら冬とはいえこんなに寒いなんて、と思いながら目をあけると、先程見たものとは違う景色が広がっていた。
周囲はきれいに手入れされた林のようになっていて、地面は氷。正面には山のはずの場所に旅館が建っている。二階建てのようだ。
呆然とし、思わず後ずさったところで、ドン、と何かにぶつかる。
「うわっ⁉」
驚いてふりむくと、見慣れない長身の男性――きっと男性、が立っていた。美しすぎて一瞬女性にも見えた。
彼は、何も喋らずに、瑞紀を観察するように見つめる。
よく見ると、彼の頭には白い狐のような耳が生えていて、尻尾も何本かあるようだった。銀色の髪の毛は長く、前髪は真ん中でふたつにわけられており顎の下まである。
横に細長く青い瞳、そして桔梗色の着物がよく似合っているその美青年に、瑞紀はすっかり一目惚れしてしまった。
というのも、先程まで相手していたのが史上最低の人だったのだ。いるだけで目をひきつける華やかさかつミステリアスな雰囲気を放つ彼のほうが、朝哉を上回っていることは間違いなかった。
やがて、というべきか、ようやく、というべきか。
彼が口を開いた。
「……ここで、何をしている?」
「え……えっと、特に何も……」
「何も?」
本当か、といわんばかりに睨まれる。
ひっ、と内心ひるみながらも、なんとか答えようとした。
「ここを目指して来たわけじゃないんです、たまたま、通りかかって……」
嘘ではないその言葉を信じてくれたのか、青年は、ふんと鼻で息をついた。
「……ならば、帰れ」
「で、でも、もう少し時間を潰したいなぁ〜なんて……」
「……勝手にしろ。だが、我の敷地には入るなよ」
「敷地?」
「そこの旅館のことだ。どいてくれ」
「あ、はい!」
慌てて横にずれると、彼はそのまま歩いて旅館の方へ向かっていった。そこが、彼の敷地らしい。
後ろから見ると、彼の髪は結っているとはいえ思ってたより長いということと、尻尾が複数あることがわかった。
思わず尻尾の数をかぞえようとしたところで、明るい少女の声が聞こえてくる。
「ギン様、おかえりなさいませ!」
「……ギン、様?」
青年の名前はギン、というらしい。彼は短く返事をして答えた。
入口にあたる場所には、これまた白い狐のような耳をはやした少女がギンと話をしている。
そして、瑞紀と目があった。
「あ!」
「……えっ?」
「お客さまですか? いらっしゃいませ!」
ニコリ、と目を細めて笑う。耳はピン、とまっすぐのびて瑞紀の方を向いていた。端的に言って、すごくなでたくなる耳だった。
少女の髪は白く、くりっとした大きな瞳は炭のように黒く桜色の着物がよく似合っている。
「シロ、彼女は客人ではない」
「へっ? でも、今日は誰も……」
「……旅館にのみ許そう。離れには入れるな」
ちら、ともう一度瑞紀を見たギンはそのまま旅館の中――へ行くかと思いきや、庭の方に行ってしまった。
「……えーと、どうしよう」
困ったように瑞紀がつぶやくと、シロと呼ばれた少女は早足でタタタ、と近寄ってくる。
「あの、今日はお客さまがいらっしゃらないんです。良かったら、あがっていってください。寒いでしょう?」
ピコピコ、白い狐の耳の先が上下に動く。彼女もまたギンのように長い髪だがポニーテールにしていた。位置が違うだけで印象もこれほど変わるのか、と無意識に感じながら、うなずく。
「あの人に怒られるのが怖いから……」
「許可するとおっしゃってましたし、大丈夫ですよ!」
「本当?」
「はい!」
明るく言うが、敷地に入るなと言われたばかりだ。
「でも、あなたが来る前に旅館に入るなと言われたんだけど……」
「それはあなたがここに来るのが目的ではなかったからじゃないでしょうか。あってます?」
「……うん、気付いたらこの旅館の前にいたの」
「だからですよ。でも、もうお客様ですからそれは問題ありません。実は、従業員も暇しておりまして……なので、ぜひ」
「……じゃあ、お言葉に甘えて。すごく寒いよね、ここ」
「ふふ、ギン様は氷を操る妖狐でもありますから。冬にはこのあたりを氷山に変えてしまうんです。どうぞ」
シロに先導され、旅館の敷地内へ足を踏みいれる。雪が薄く積もっている道を滑らないように気をつけながら歩き、玄関に到着した。
カララ、と引き戸をあけるシロにも、ギンのように尻尾が生えていることに気づく。
「……ねえ、シロさん。質問なんだけど」
「はい」
「ここって、その……みんなそういうコスプレ? をしてるの?」
「こすぷれ?」
なんのことだ、というように首を傾げる。
「ほら、耳とかしっぽとか」
「ああ、私もギン様と同じように妖狐の類なんです。妖怪の狐って書いてようこ。てっきり、知っていらっしゃるのかと」
「なんで知ってると思ったの?」
「驚かなかったので。人間のお客様もたまにいますが、皆さん驚きますよ」
「私だって驚くけど、最近はなんか、そういう……趣向を凝らした旅館もあるよなーって思ってたの。妖怪の狐ってことは、ここ、妖怪が運営する旅館なの……?」
「はい」
あたたかい玄関に入りながら、シロがくるりと瑞紀のほうをふりかえる。先ほどと同じように目を細めてにっこりと笑っていた。
「ここは、九尾の狐、ギン様が経営する白銀旅館といいます!」
瑞紀は、シロの説明が一度で分かるはずもなく、ポカン、としていた。
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