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 入ってすぐのところに、二つほど机と椅子があり受付がある。だが、受付には誰もいないようで、瑞紀はシロに案内されるまま、一つの椅子に座った。 「じゃあ、さっきのギンさんが旅館の主で、シロちゃんは仲居さんってことなのね?」 「はい。あと受付担当のカイリさんと、料理担当……じゃなかった、板前のキュウくんがいます」 「キュウ……」  もしかして、人間なのだろうか。あだ名とか。その考えを見抜いたのか、シロは笑って首を横にふった。 「キュウくんは河童ですよ。人間じゃありません」 「あー、河童、なるほどね。……河童⁉」 「はい。でも、カイリさんの力を借りて人間に化けています。ほら、料理するときに水かき部分が邪魔になることがあるから」 「河童か……、料理上手っていうのは意外かも。カイリさんというのは?」  どんな人なんだろう、と興味本位から尋ねると、右耳に低い男性の声が聞こえてきた。 「わしが狸のカイリじゃ」 「うわぉおっ……、びっくりした」 「おうおう、斬新な驚きっぷりじゃな。ハッハ」  豪快に笑い飛ばす、いかにもヤンキーみたいな黒髪に金メッシュの青年に、瑞紀は思わず引いてしまう。  神々しさすらあったギンとは正反対だ。 「カイリさん、掃除は終わりました?」 「ああ。どうせ誰もこんと思っとったけど、客が来とったんなら教えてくれてもええのに」 「ギン様が旅館に入れてもいいって」 「ほう? あの人がね。いや、あの狐がねぇ」 「そこは言いなおさなくても……」  シロとカイリの会話に思わず突っ込む。 「ちゅうか、いつのまに帰ってきたんじゃ?」 「さっきですよ」 「本当に他のお客さんいないんですね…」 「はい。普段は予約してくれてるお客様をもてなすだけで精一杯なんです。三室しかないので、受け入れられるお客様も三組だけ。それが今日は、どなたもいらっしゃらなくて」  シロが瑞紀に寄って行ってほしい、とお願いをしたのはそれが理由だった。  カイリはふむ、と瑞紀の顔を見て尋ねる。 「して、お前さんの名前は?」 「そうだ、それを聞かないと。良かったら教えて下さい」 「……瑞紀。瑞々しいに、世紀末の紀」 「瑞々しいはともかく、世紀末って例えはどうなんじゃ」 「分かりやすいでしょ?」 「瑞紀様ですね! 今日はゆっくりしていってください」  そう言われて、お見合いをほっぽり投げて来たことを思い出す。  きっと姉は長く帰らないとうまくいっていると思うだろう。いや、瑞紀が帰ったことを告げられた朝哉が怒って連絡するかもしれない。  どちらにしても、もう少しここにいても大丈夫なはずだ。 「ところで、カイリさんはどこを掃除してたんですか?」 「気になるか?」 「まあ……、はい」 「なんてこたぁない、温泉じゃ。露天風呂がある」 「露天風呂‼」  わあ、と瑞紀のテンションがあからさまに高くなる。  なにせ、冬のこの時期、温泉であたたまるというのは贅沢であり優雅な時間だ。 「どうじゃ、入りとうなったか?」 「はい! 温泉に入りたいです!」  カイリの提案に、瑞紀は大げさなほどに首を縦にふった。
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