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「あの、どこに……」  瑞紀が尋ねるも、ギンは無視をして歩いていく。庭を抜け、着いたのは先ほど見かけた離れだった。 「上がれ」 「お、お邪魔します…?」 「すぐにシロが来る。着物に着替えるように」 「ええっ……」  思わず顔をしかめる。お見合いで着ていた着物から解放されたと思えば、またも着物を、だ。  だが、その声とリアクションに、ギンもまたムッと眉間にしわをよせた。 「文句でもあるのか?」 「あ、いや、そういうわけでは…」 「お持ちいたしました~」  シロの声が聞こえたと思いふりかえると、確かに両手に着物を包んだものらしい紙のかたまりを抱えている。 「それ、着物?」 「はい! 私の部屋で着替えましょう」 「う、うん」 「瑞紀様が着ていらしたお召し物も高価そうでしたけど、こちらの方がもっと値が張るんですよ」 「へえ~」  確かに、あの振袖は瑞紀のためにと買ってくれたものだ。弘美は娘二人それぞれに振袖を買っている。いくら姉がモデルをしているからとはいえ、ポンと出せる金額ではないはずだった。 「……なんでそんな高価なもの……」 「そういえば、ギン様が着物を着せるように命令を出すのは初めてですね」 「そうなの?」 「はい。少なくとも、私は知りません。さ、こちらへ」 「……着付け、覚えた方がいいかなぁ」 「浴衣が着られればじゅうぶんですよ」  ふふ、と笑いながら案内するシロに、瑞紀の緊張もようやくほどけていく。  と、思ったものの。 「あれ…?」  どこかで体験したことのあるような感覚に、首を傾げる。 「瑞紀様、こちらに」 「はいはい!」  シロにうながされ、瑞紀はあわててそちらへと行く。 「では、ぱぱっと着替えましょうね!」 「ぱぱっと?」  着物をぱぱっと着替えられるほど、慣れていないというのに。 ◇ 「はい、終わりです!」 「シロさん、本当早いねぇ」 「それほどでも。うん、よくお似合いですよ!」 「そう?」  ギンに着るように言われた着物は、白地に紫の花があでやかな、大人っぽい装飾がされていた。 「ギン様をお呼びしてきますね、ここでお待ちください」 「ええ」  素直にうなずくと、シロは部屋を出ていく。 しん、とした空間に、することがなくなった瑞紀は先ほどの既視感について考える。 「どこで知ったんだっけ? こういう妖ものってよく見かけるし、その影響かなぁ。だって、温泉に入らせてくれてお腹いっぱい料理も食べられて…」  そこで、はたと思い当たる。 「待って、これ知ってる……」  温泉に入る、イコール、体をきれいにする。  料理を食べる、イコール、太る……もとい太らせる。  ここは妖怪たちが営む旅館、提供する料理は客が食べるとして彼らが食べるものは……客!! 「大変……」  ここから逃げなければ。 「どこに行く気だ?」 「ぅえっ」  部屋を出ようとしたところで、いつの間にかそこにいたギンが腕を組んで不機嫌そうな顔で立っている。 「シロ。髪型を変えろ」 「はい」 「いや、あの…」 「口を閉じろ。シロの指示に従え」 「は、はい……」  とりあえず今は逃げられそうもない。本当に自分が食べられてしまうのではないか、内心そう思いながら、ギンのいうことに従うことにしたのだった。
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