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――拝啓、お母さん。やっぱり私にお見合いは早かったみたいです。  栗色の髪に黒っぽい茶色の瞳をした瑞紀(みずき)は、眉下まである前髪を適当に手ですく。ハーフアップにするために使っている髪飾りを勢いよく引き抜くと、ぱさりと後ろ髪が落ちた。パーマのかかった毛先を揺らし、石畳を小さな歩幅で懸命に歩く。 「あんな人とお見合いなんて無理!」  その表情は怒りと呆れで険しい。  彼女の名前は黒田(くろだ)瑞紀(みずき)。姉の友人とお見合いをすることになって来たはいいものの、今は部屋を飛び出して料亭の外を歩いている。 **  さかのぼること、約三〇分前。  ある冬の晴れた日、瑞紀は着物姿で料亭に来ていた。着物は成人式でも着た振袖。赤く目立つ着物だが、彼女の顔は晴れやかな天気や衣装と違い不機嫌そうだった。  送迎ということで、瑞紀を送ってきた姉の有紀(ゆき)は、隣に立ちながら彼女の前髪を整える。  二人がいるのは駐車場だ。車のそばで、有紀が最終チェックをしていたが、瑞紀があまりにも嫌そうな顔をするため、彼女の手も止まる。 「ね、瑞紀。そんなふくれっ面しないでよ」 「そりゃするよ。もしいい人じゃなかったら途中で帰る」 「……少しはがんばって。気が進まないのは知ってるけど」  実は、有紀はモデル活動をしている。瑞紀はというとまだ就活を続けている大学四年生。もうフリーターで生きていくか、とすら思っている。  そんな瑞紀なので、将来を心配する母・弘美(ひろみ)により、結婚相手を決めるべくお見合いに引っ張ってこられた。  お見合い相手の名前は一色(いっしき)朝哉(ともや)。彼は、有紀の大学の同級生であり同じゼミに所属していた人だ。 「その、一色さんてどんな人なんだっけ?」 「……見た目は悪くないよ。実家もお金持ちだし」 「お姉ちゃんと同じ大学出身なら頭もいいよね」 「それはそうだけど、なんていうか……ね……」  目をそらす有紀に、瑞紀は冴え渡る勘で“短所が長所をしのぐ”人であることを察する。 「なんでそんな人と私をお見合いさせるの?!」 「仕方ないでしょ、お母さんを安心させるためよ」 「だからって名前を最近知った程度の人とお見合いなんて……」 「それでも実績を残すのは大事よ。たとえ見かけだけでもお見合いすれば、お母さんは、ちゃんと考えてるのねーって安心するはず」  そう、このお見合いは瑞紀のためというより、彼女たちの母親・弘美(ひろみ)のためだった。  弘美はとにかく瑞紀を心配している。まるで男っけがないから。  有紀は黙っていても男から寄ってくるが、瑞紀はそうもいかない。もっとも、有紀の妹だと知られればそうでもないかもしれないが。 「……でも、瑞紀」 「ん?」 「嫌なら逃げていいからね。マジで」 「……お姉ちゃんがそういうってよっぽどだね」 「私は無視してやり過ごしたけど、ごめん、同じゼミで独身男性ってのがああいう人しかいなくて……」  瑞紀は有紀の名前を出すことを好まない。だから有紀の仕事仲間や仕事を通じて知り合った人は全てNGだった。それで大学時代の知り合いを紹介、という流れになったのだが……。  今日会うことになっている朝哉は、有紀本人は会わせたくないようだった。だが他にいない。 「そろそろ時間だね」 「あー、気が重い……でもお母さんのためだし、ちょっとはがんばる……」 「うんうん。逃げるときはお手洗いに行くって言って、受付で帰りますって言えばいいよ。行きつけだから女将さんと知り合いなんだ。話はしてあるから」 「分かった。期待はしないでね?」 「大丈夫大丈夫。お見合いしたっていう事実が大事だもん」  励ますようにうなずく有紀に、瑞紀もようやく表情をやわらげ、いってきますと小さく言って歩いていく。 「……駐車場で待ってようかな」  今日はオフの有紀。おそらく一時間もかからないと判断して、そのままいることにした。
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