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唐突なスカウト
序
学校生活って基本退屈なものだと思う。淡々とルーティンをこなすだけ。毎朝決まった時間に登校し、決まった場所で授業を受け、休み時間や昼休みは決まった顔ぶれと言葉を交わし、昼食を共にする。やがて放課後を迎え、皆各々、自宅に帰っていく。そこには劇的なことなどはまず起こらない。はっきり言ってつまらない時間がただただ延々と過ぎていく。しかしそんな中でもいくつか刺激的なイベントというものは存在する。例えば“転入・転校”などは分かりやすいものだろう。教職員が特に誰かに話していなくても、どこからかそのことを聞きつけたある生徒が自分の教室へと駆け込み、「今日、転入生が来るってよ!」と叫ぶ。それを聞いた他の生徒たちはザワザワと噂話を始める。男子生徒たちは「カワイイ娘かな?」、女子生徒たちは「イケメンだったらどうする~?」などとそれぞれ他愛もない話に花を咲かせる。とにもかくにも、退屈な日々にアクセントを付ける一大イベントである。そんな一大イベントを私は“転入生”という立場で迎えることとなった。自分の人生でこういった、ある意味で重要な役割を担うことになるとは夢にも思わなかった。当日その時を迎えるまで、何度となく想像を働かせた。静かな廊下を担任の先生の後をついてゆっくりと歩く。先生がガラリと教室の戸を開いて、少し緊張した面持ちの私が続く。教室の中程まで進み、そこで初めてクラスメイトの前に向き直る。これが私の頭の中で思い描いていた転入生の風景だ。しかし、私が実際目にした風景は大分、いやかなり違った。太鼓がドンドンと鳴り、『将軍様のおな~り~』と高らかに叫ぶ声とともに教室へ入っていった。クラスメイトたちとは顔を合わせるどころか、皆机に突っ伏すような形で頭を下げている。うん、違う、全然違う。私の思っていた転入生登場のイベントはこんなものではなかった。どうしてこうなってしまったのか、ひと月程時計の針を戻すことにしよう。
三月のとある日、平凡な女子高生、若下野葵(もしものあおい)は友人たちと別れ、帰宅の途に就いていた。所属する薙刀部の活動が自主練のみだった為、いつもよりも大分早い帰りだった。彼女の家は閑静な住宅街にある。それもあってか、日の落ちていない夕方でも人通りは然程多くは無い。そのお陰か、彼女はその気配にすぐ気が付いた。またこの気配だ。半年程前から度々感じてはいたが、このところはほぼ毎日感じる気配だ。もはや偶然ではなく、確実に自分のことを尾行していると葵は感じた。彼女はここを曲がれば自宅という角で曲がり、そこで暫く立ち止まった。その気配はゆっくりと静かに近づいてくる、そしてこっそりと角から顔を覗かせた時、葵は袋に入ったままの薙刀の先を、その気配の主の顔に突き付けた。
「何なの、貴方」
気配主はいささか驚いた表情を見せた。対する葵も驚いた。女子高生の後を尾け回すような奴だから、如何にも不審者という容姿を想像していたのだが、白髪交じりの初老の紳士然とした人物がそこには立っていたからだ。それでも葵は警戒を緩めず、薙刀を構えたまま、無言の相手に尋ねた。
「最近私の後をずっと尾けていたの、オジサンでしょ? いい歳して痴漢?」
「……」
「何とか言いなさいよ。人を呼んでも良いのよ?」
「……何時からお気付きになられていましたか?」
思いの外、丁寧な物腰の口調に戸惑いながらも、葵は答える。
「……初めは半年位前かな、それがここ最近はほぼ毎日。帰り道が同じとか、時間帯が被っているのかなって思っていたけど、今日の私の帰る時間はいつもよりも結構早い。そこまで一緒になるのは流石におかしい」
「ふむ、半年前でごさいますか……」
相手は顎に手をやって何やら考え込む。そしてブツブツと呟く。
「儂の腕が衰えていることを差し引いても中々の危機察知力……そして臆せずこちらに向かってくるその胆力……これは思った以上かもしれん……」
「何をブツブツ言っているの? 本当に人を呼ぶよ、オジサン」
「ああ、それは困る。私は実は……」
相手が洋服の内ポケットに手を突っ込んだのを見て、葵は思わず身構えたが、相手が取り出してきたのは一枚の名刺だった。
「失礼、申し遅れました。私はこういうものです」
「『公議隠密課 特命係 特別顧問 尾高半兵衛(おだかはんべえ)』……?」
手渡された名刺と胡散臭い老紳士を交互に見比べつつ、葵は相手の名を読み上げた。
「ご公議……幕府の隠密が私なんかに何の用?」
「単刀直入に申し上げます。若下野葵さん、貴女には征夷大将軍になって頂きます!」
「は……はああぁぁぁ⁉」
葵は道端で素っ頓狂な声を上げてしまった。
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