高原夏希

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 高原家の養子として迎えられた。  兄と弟が出来た。  兄の陽路史(ひろし)は頭のいい人で、すでに社会人。  父の片腕として働いていたため、めったに会う事はなかった。  弟の陽世里(ひより)は二つ年下で、初対面からひどく懐いて、一人自由気ままに育っていた俺には鬱陶しい存在だった。  二人の母親…父の本妻は、地味な人だった。  俺に辛く当たる事はなかったが、二人きりになるのを避けられていたようにも思う。  当然だ。  仕方ない。  もしかしなくてもマザコンだったと思う。  だから、たまに母が恋しくてたまらなくなる時があった。  義母に抱きしめてもらいたかったが、まさかそれを願い出る事は出来なかった。  ましてや、日本にそんな文化はないだろうし。  幸い、俺はモテた。  女の子と付き合っては、甘えた。  ただ、残念な事に長続きしない。  日本の女性は、甘えられるより甘えたいらしい。  頼りがいのある、強い男が好きなようだ。  俺も、本当はそうなんだけどな。  今は少し寂しいだけなのにな。  そう思って、本気で付き合うのはやめた。  ただ、抱きしめてくれるだけの女の子がいればいい。  日本の学校は窮屈だった。  俺は歌が歌いたくて、学校をサボっては、ライヴハウスや楽器屋を回った。  どんな状態でもいい。  歌える場が欲しい。  そして16の時…楽器屋で見つけた、一人の男。  ピアノの試し弾きをしていた。  …なんだ、こいつ。  見た目、全然ピアノ弾きには見えないが…  この滑らかな指捌き。  確か、最初に聴いたのはベートーベンだった。  拍手をもらった男が続いて弾いたのは、ジャズだった。  …この男のピアノで、歌いたい。  そう思った俺は… 「おまえ、いくつだ?」  いきなり、エラそうに話しかけた。  ぶっちゃけ、社交辞令も知らない。  真っ向勝負だけが俺の武器。  俺の言葉にその男は面食らっていたが。 「…16…」  小声で答えた。 「ピアノ、上手いな。おまえのピアノで歌いたい。どこかで一緒に何かやらないか?」  俺が早口でそう言うと、そいつは俺を上から下まで見て。 「…あなた、誰ですか?」  不審な顔をした。  そりゃそうか。  もろに外人の顔立ちで、似合わない学生服を着て、いきなり初対面でタメ口。 「高原夏希。16歳。星高一年。」  手短かに挨拶をすると。 「…島沢尚斗。同じく16。桜花高等部の一年。」  ピアノ弾きは、ニコリともせずに言った。  そして、続けて。 「ありがたい誘いだけど、今はピアノやってないんだ。」  首をすくめた。 「え。なんで。こんなに上手いのに。」 「実は、バンド組んで…キーボード弾いてるから…」 「バンド…ジャズバンドか?」 「いや、ロックバンド。」  意外な言葉が飛び出した。と思った。  これだけピアノが上手いのに、ロックバンド?  この頃の俺には偏見があった。  ロックなんて、と。  母のジャズやブルースを聴き慣れていただけに、ロックはただの騒音ぐらいにしか思えなかった。  それが… 「一度、練習に来る?」 「え?」 「ちょうど、ボーカルが抜けたばかりなんだ。」 「……」  ロックなんて歌えるか。  そんな気持ちでいたのに…  ついて行ったのは、メンバーの一人の家の倉庫。  粗末なドラムセットと、小さなアンプ。  キーボードも小さなおもちゃのような物だった。  だが… 「…なんだ…これ…」  ベースとドラムとキーボード。  三人の奏でる音楽に、俺は魅了された。  ロックなんて、とバカにしていたのに。  そして…一曲目が終わる頃には口にしてしまっていた。 「俺をメンバーにしてくれ!」
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