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今年の梅雨は遅入りだ。でも毎年同じようなニュースを見ている気もする。毎年毎年、行儀よくやってくる梅雨のほうが少ないのではないか。そんなことを考えながら、僕はコインランドリーにある椅子に掛けて本を読んでいた。乾燥が終わるまであと9分。
読んでいた本は自前のものではない。誰にも、おそらくはここの主にさえも忘れ去られたであろう本棚のものだ。その棚の本はどれもよれていたり、表紙がはがれていたり、思い思いに風化している。誰かに読まれたからというよりも、公共の場に長い間放置され続ける疲れでそうなったかのようだった。
雨が降っているのにも関わらず、現在このコインランドリーを利用しているのは僕だけだった。洗濯機が6台、乾燥機が4台あるだけで24時間開放されているこのコインランドリーは、大学生が多く住むこの町でもあまり知られていない。雑居ビルに挟まれていて肩身が狭そうにたたずんでいる。
開けっ放しの入り口からスーツ姿の女性が入ってきた。たぶん大学4年生、就活生だろう。顔が後ろに引っ張られそうなぐらいに、髪が後頭部で結ばれている。
腕には洗濯カゴをさげていた。僕はすぐに視線を本に戻した。さすがに下着は入ってないと思うが、それを見ようと思われたら心外だ。
本をめくりながら、自分の後ろで衣服を乾燥機に投げ入れている気配を感じる。
「あ、足りない」
ぽとっとビー玉を落としたかのような独り言に体が思わず反応してしまった。振り返ると、その女性は首を丸めて、財布をのぞき込んでいた。自分で声を漏らしていたことに気づいたのか、彼女もこちらを振り向く。目が合った。そのあとテーブルに目を向ける。視線の先には僕の財布が置いてあった。
彼女は恥ずかしそうに両手を前にかざして慌てた。
「いえ、違うの。いや、あの、違わないけど。そういうつもりで言ったわけじゃ…。でも貸していただければ非常に助かるといいますか…」
僕はくすっと笑ってしまい、百円玉を手渡した。乾燥機には赤字で200と表示されている。もう百円入れれば回るはずだ。
「ありがと」
彼女はちゃりんと僕の渡した100円を機械にいれた。その瞬間にごうごうと音をたてて乾燥機が回り始める。僕のほうの乾燥機は、あと5分。
「きみもM大生?」
もう一つの方の椅子をひきながら尋ねられた。
「はい、3年です」
さっき慌てていたのが嘘みたいに落ち着いている。
「学部は?」
「経済です」
「お、私も経済学部だよ。4年生、絶賛就活中」
見ればわかるか、とつぶやきながらスマホの画面をつけた。外では雨が止みそうもなく降り続いている。
「うわー、明日もずっと降るんだね。私天気予報ぜんぜん見ないからさ。計画的に洗濯できないの」
携帯の画面を眺めながらぼやいている。
「就活もあって大変ですね」
「そうなの、今日も一番遅い時間帯まで面接で。まあたぶん落ちたけど」
そんな僕の言っても言わなくてもいい一言にも彼女は反応してくれた。就活でそういう癖がついているのかもしれない。
「どんなところ受けてるんですか?」
初対面にしてはちょっと聞きすぎだったかなとも思ったが、気になった。1年後自分を就職活動をしなければならない。
「今日は保険会社、明日は地銀と…なんだっけ?」
そういうものなのか、やっぱりいろんなところを受けなければならないんだな、とそれ以上は聞かなかった。
僕の乾燥機の表示はあと2分。
「きみも乾かしてるんだ」
僕の視線の先の乾燥機をみて彼女が言う。
「はい、でも僕の場合家に洗濯機さえもなくて、雨とか関係なしにきてるんですけど。今は雨降ってるからついでに乾燥もしてるって段階です」
僕の下宿している部屋は狭い。風呂とトイレはあるが、洗濯機を設置するスペースはついてなかった。週1.2回ほどの洗濯だし、それほど遠いわけでもないし、とくに気にしたことはない。
むしろ天気が悪ければ乾燥機を使う大義名分ができるから、雨の日の方がこのコインランドリーを利用しがちだ。
「へえ、自分ちで洗濯できなくてめんどくさくないの?」
またか、と思った。自分の家に洗濯機がないことを言うとどうしてもこう聞かれる。2年を超える学生生活を通してしみついてしまった一連の会話の流れに少しだけうんざりする。自分の中で自動的に再生されるようになった説明をしようとすると、彼女は続けた。
「ってめっちゃ聞かれるでしょ?」
携帯をいじりながらの、なんてことない口調だった。
「はい、そりゃもう。100回ぐらい聞かれます」
はは、と彼女が笑う。僕も笑う。100円分くらいの小さな感動を味わえたから、お金は返してもらわなくてもいいか、とも思った。そこでぼくの乾燥が終わった。僕は棚に本を戻して、乾燥機に頭をつっこんで自分の洗濯物をかきだす。
「また、返しに来るよ」
彼女は洗濯物をカゴに入れている僕の背中に向かって言った。
「いつでもいいですよ。就活頑張ってください」
次の雨はいつだろうか、自然とそう思った。
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