コインランドリー

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「よっ、おひさ」  雨は降っていなかったが、台風の近づいている不気味な曇り空だった。今夜から本格的に接近するというニュースをみた。 「内定貰ったよ、正確には内々定だけど」  自分のことではないのに不思議とうれしかった。 「おめでとうございます」 「あとはどれにするかなんだよね」 「いくつかあるんですか」 「うん、全部で三つ」 「すごいじゃないですか」  あまり驚きはなかった。納得してしまう。やはりこういう人は世渡がうまい。勉強ができるだけじゃ何も評価されない。学生時代みたいな偽物の評価のされ方は終わってしまう。そんな世界がもうそこまでやってきている。自分には彼女のように上手に年をとっていける自信がなかった。 「選ばなきゃなんだよね~」  どこか他人ごとっぽく言うその口調は、テキスト買ってないんだよねと言ったときと同じだった。 「キミは賢いから私と違って余裕そうだね」 「僕は苦戦しますよ。絶対に。この前やった経済学も、この暇つぶしの読書も、評価されるのは今だけのことで、この先は無駄になっちゃうんだって、なんとなくわかるんです。」  自分でそう口にしてむなしくなった。それなら生活を切り替えればいいと頭では分かっている。学部の集まりに顔を出して、今のうちにインターンにでも参加すればいい。でも、自分の重い腰はなかなか上がってくれない。 「無駄なことなんてないと思うな。そりゃ誰かと比べたらどうとかはあるかもしれないけど、まったく得るものがゼロなんてものはないよ。だらだらしてるだけでも0.1ぐらいは、なんか手に入れてんのよ、きっと。そう思わないとやってけないでしょ」  たまにこの人は思慮深いことを言う。  もし、このままずっと雨が降り続けたら、彼女と毎日会えるのだろうか。そう思うほど、久しぶりの彼女とのやりとりは心地の良いものとなっていた。彼女と過ごしていると、このコインランドリーは雨の中にぽっかり浮かんだ小さな無人島のようになる。自分たちしかいない世界はなんだかすごく気楽で、これからやってくる社会生活なんて、ずいぶん過去のことのようにぼやけてくれる。  しかし現実はそんなことはない。雨はやむし、やまなくとも彼女はどこかに行ってしまう。  雨がやまなくても、百円が返ってこなくても、時間は流れる。洗濯は終わる。洗濯物も乾く。
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