あなたの尻尾に触らせて

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 交差点であの子と別れて、残り数分の道を一人で歩く。すっかり日が落ちるのがはやくなって、もう頭上では月が輝いていた。  冷たい風がビュッと吹き付けて、わたしは思わずカーディガンの袖をのばす。  やっぱり、夜はもう結構さむい。  住宅街に入ると街灯は少なくなって、まっくらな道の中にぽつりぽつりと家の光が浮かんでいる。  突然近くにあった街灯がパチンと音を立てて消えた。  歩きなれたはずのその道は、街灯がひとつ消えただけで急に薄気味悪くなる。わたしは心持ち早足になって、肩にかけたスクールバッグの持ち手をぎゅっと握りながら帰路を急いだ。  一瞬、ぞくりと背中に寒気が走ったような気がした。  ぴたりと足を止める。  あまりに一瞬だったので、気のせいかと思った。でも、なんだか怖くなって立ち止まってしまった。  振り返るのが怖いけれど、でも振り返らないのも怖い。見てしまうのが怖いけれど、でも見えないままなのも怖い。わたしはスクールバッグをほとんど抱きしめるように持ち直して、恐る恐る、ゆっくりと振り返った。  にゃあ。  足元から高いなきごえが聞こえた。 「ね、ねこ……」  力が抜けてへなへなとしゃがみこんでしまう。短いスカートの裾からのぞいたわたしの膝を、黒猫の尻尾がふわふわと撫でた。  しなやかな体躯で音もなく私の周りをくるりと一周したその子は、もう一度にゃあとなくと小さな額をぐりぐりと押しつけてくる。そおっと手を伸ばして背を撫でると、綺麗な毛並みが手に心地よかった。 「きみは野良猫なの? 一緒に帰ろうか」  わたしの指先に鼻を近づけてふんふんと匂いを嗅いでいるその子に話しかける。言っても伝わらないかと思ったけれど、その子は私の言葉が分かったかのようにふっと顔を上げた。  まあるく開かれたきんいろの瞳がじっとわたしを見つめる。そのきんいろに見覚えがあるような気がして、わたしも吸い寄せられるように見つめ返した。  何かしら。きんいろの目のねこちゃんなんて知らないはずだけれど。  にゃあ、ともう一度彼女がないた。  その子は私の指をぺろりと舐めると、くるっと背を向けてどこかへ行ってしまった。  残されたわたしはゆっくりと立ち上がって、よれたスカートの裾をパンパンとはたく。 「そうよね。きみにだって、帰る場所があるわよね」  バッグを拾い上げて歩き出す。  ついさっき消えてしまった街灯は、いつの間にか明るさを取り戻していた。いつもの住宅街。いつもの帰り道。わたしはほんの少しだけゆっくりと歩いて、今日のあの子との会話を思い出す。  うつむき気味に呟いた彼女の声も、きらりと強く光った彼女の瞳も、記憶の中に鮮明に焼き付いている。珍しくあの子のほんとうの心が覗けたような気がして、わたしは嬉しくなってふふっと頬を緩ませた。  家の前まで来ると、わたしはちょっと立ち止まった。家からは明るい光が漏れていて、うっすらと母の作っている晩御飯の匂いがする。  わたしはなんとなく振り返ろうとして、結局振り返らずに家に入った。  だから、暗闇に光るきんいろの瞳が静かにこちらを見ていたことを、わたしは知らない。
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