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にゃあ、と、暗闇の中でちいさな声が響いた。音もなく足元までよってきたその黒猫に、男は視線を落として話しかける。
「もう良かったのか」
男の声は低く、そして静かだった。
問いかけられた黒猫は、ぐぐっと伸びをしてから男が寄りかかっていた塀に飛びのった。そのまま男の後ろを通りすぎる。
次に男が顔を向けたときには、そこには足を投げだして塀に腰掛けるセーラー服の少女がいた。
「いいの。ちゃんと家の前まで送ってきたから」
途中で絡まれそうになってたけど、 追い払ったし。そう言って、彼女はすとんとコンクリートの地面に着地する。ローファーの踵がこつっと音を立てた。
二人は連れ立って夜の道を歩いた。少女の黒髪は暗闇の中にとけ込んで、白い肌は少ない月光をすべて吸収してうすく発光している。
男が声をかけると、先を歩いていた少女がくるりと振り返る。きんいろの瞳が星のようにぱちっと瞬いた。
「あの子、友達なんだろ? 大事にしてやれよ」
「友達?」
少女がきょと、と首を傾げると、艶のある髪がさらりとゆれる。違うのかと男も首を傾けた。少女は少し黙って、少し考え込んで、そして少し笑ったように見えた。
「……友達、かも。そうね、友達」
少女は再び歩き出す。足取りは軽く、吐く息は白い。冷たい風が吹き付けて、制服のスカートがばさりとはためいた。
「大事にするわ。たった一人の、人間のお友達だから」
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