いなづま

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 私は時々いなづまに撃たれる。小さな頃から魅了され続けてきたいなづまに。  みんなが恐がるいなづまも私は大好きだった。私には傷痕を残さない。ただその雄々しい姿を見せつける。そして虜にする。定期的に?いや、気まぐれに。私が忘れかけた頃を見はからって。音と光で暴れ狂う姿を私の中に焼きつけるように。  稲夫と書いて、いなづまと読むと知ったのはいつだったろう。その光と音が稲を孕ませると言われているのと同じように、私の中に何かを置いてゆく。ひとしきり暴れ狂うと、憑き物が落ちたように静かになる。  昔、夏、夕方になると、決まって空が真っ暗になった。私はこれから始まることを、心の中で人知れず待ち望む。光と音の暴発。 私は問われる。「何を望む」「何も」「言え!早く!」これでもかと光と音の鞭を浴びせてくる。  私は問い返す。「なぜわからぬ」「何がだ」「私がとっくに魅了されていることを。」「いやわからぬ」「なぜ」「信じれば俺はもうおまえの前に姿を現すことができなくなる」  愚かな。こんなにも私は魅了されていると言うのに。稲夫は自分のなかのジレンマに、さいなまれるかのように、自分を痛めつけて何かをまぎらわせるかのように、ひとしきり暴れる。その間私は好きな音楽を少し大きめの音量で聴く。その音をかき消そうとするかのように、幼な子が甘え泣きをして母を求めるかのように、鳴り止まない稲夫。  幕切れを伝えるかのように暗雲が途切れ始める。くやしさを残すかのように、途切れ途切れに音を鳴らしながら、雲と風に連れ去られていく。少しの未練を伝えるかのように、弱々しくなった光と共に。私は次のおとづれを秘かに待っている。
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