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動画が流れる。
闇夜に響く波の音。それに重なる不協和音。不協和音の元は車の音。その車との間の音が不可思議な感覚を感じさせた。
その不可思議な感覚は、俺に何かを指図してくる。
無意識に俺は、LINEで彼女の番号に掛けてみる。少し遠くの方から音が聞こえる。それは、草陰の中に光り輝く灯りと共に音が鳴り響く。
俺はその場所で見つけた光る物を手にした。それは、あの時、矢沢千恵が手にしてたスマホだった。画面の一部は割れてひびが入っているが、指先で触れてもまだ反応はする。
ロックはされていない。
ロックされていないので、触れただけで画面のアプリ一覧が表示される。その壁紙には、「俺の顔・・・?」
アプリは一つも無い。いや、画像フォルダーだけが残っていた。
俺に送られていない動画が見つかった。それ以外のアプリも画像も何も無かった。
『えっと・・・。これを見ているのが亮君だったら・・・。ごめんね。私ね・・・、私、死ぬのが怖くなって・・・、ずっと、亮君の事を考えていた。付き合っていないけど、ずっと考えていた。考えていたら、死ぬのが怖くなった・・・。ねぇ、私、どうしたらいいかな・・・。亮君・・・、今、君は何をしていますか?私の事、探しに来てくれるかな・・・。来てくれたら、私からの最後の贈り物・・・。それと最後のお願い。最初で最後かも・・・。でも、ひとめぼれ。好きだよ・・・。お願いは・・・、私の為に、泣いてくれますか・・・』
彼女のスマホの動画が終わった。
彼女は俺に、思いを伝えた後、最後のお願いだと言って『泣いてくれますか』と言って来た。
『彼女も・・・、俺と同じだったのか・・・』
俺はゴツゴツとした海岸の岩場へと行き、彼女が亡くなっていた場所の近くに座る。波の音が小刻みに耳に響いて来る。
彼女のスマホの動画を、もう一度流して見る。
彼女、矢沢千恵は俺と同じく、周りに話せる人も、自分を守ってくれる、理解してくれる人がいなかった。そして、あの時あの場所で死のうとしていた。そこに俺がいた。自分と同じ悲しみを背負った自分と似た境遇の人がいた。そして、その境遇に共鳴をして・・・。
「好きになってくれて・・・、ありがとう。君の為に・・・」
涙は枯れたと思った。枯れたと思っていた涙が溢れてきた。
「俺は君のために・・・。好きになった君のために・・・」
俺は声が枯れるまで、涙が枯れるまで好きになった人の為に泣いた。
誰かのために泣く。泣く事で彼女が戻ってくる訳はない。けど、誰かに泣いてもらえる幸せを、彼女に伝えたかった。
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