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 章夫はコーヒーの横に置かれた手のひら大の古ぼけた箱を目の前にして、じっと考え込んでいた。表面が剥げてはいるが、漆塗りで艶があり、うっすらと忍びやかな輝きを放っている。箱をぐるりと留めるように掛けてある朱色の組み紐も、色こそ褪せてはいるが、丁寧に作られたものだという事が見て取れる代物だった。 「章夫さん、これはあなたがお持ちになるべきものです。さあ」  父親の葬式を済ませ一週間が経ち、ひと段落していた時に急にやって来たその老人は、章夫の祖父である忠治(ただはる)から生前その箱を預かったのだと言う。きっと息子に渡してくれ、と言っていたそうだ。 「これでもねえ、ずいぶんと探したんですよ。なんせ忠治さんには大変お世話になりましたもんでねえ。ええ、それはもう、男気の溢れる頼りがいのある、立派なお方でしたとも。しかしながら、ちょっと時間がかかり過ぎてしまったようですね。やっと息子さんの居場所がわかったと思ったのに……だからせめてですね、息子さんのお子さんの、要するにお孫さんですなあ、章夫さん、あなた様にぜひ受け取っていただきたく。忠治さんもきっとお喜びになると思いますのでねえ」  老人は箱の上に骨ばって萎れた手を乗せ、じっと見つめながら、そんな事を言った。章夫の顔はろくすっぽ見ずに、まるでその箱にそっと語りかけるように。  章夫は返答に困ってしまった。なにせ章夫が生まれた時には祖父はすでに他界していたはずで、父親からも祖父の話を聞いた記憶はほとんどない。その肝心の父親もつい先日亡くなり、母親は章夫が大学生の頃に病気で亡くなっている。さらに親戚づきあいもほとんどしてこなかったため、聞く人もいないのだ。  ただですら口が重い章夫は、そんな事を思いつつ老人といっしょに箱をながめながら黙っていた。 「それじゃ、私は確かにね、お渡ししましたので。ええ、よろしいですか、それではこれで、はい、確かに」  老人はそう言うが早いか、歳に似合わず機敏な動作で席を立つと、あっけに取られている章夫を置いてさっさと玄関を出ていってしまった。  「あ、あ、」
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