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 後には、章夫とコーヒーと古ぼけた箱だけが残された。  何だ、これは。一体なんなんだ。親父が死んだばかりだというのに、会ったこともないお爺さんの話をされても意味がわからん。第一、あの爺さんの言ってる事は本当なのか?おかしくないか?80歳にはなってそうだったし、ボケてるのかもしれんな。  章夫は仕方なく箱を手に取り、そっと持ち上げてみた。軽い。振ってみても何の音もしない。(から)、か?いずれにしても、こんな古い箱に大して悪意ある細工もできないだろうし、第一動機がない。親父が死んだからって財産らしきものと言えばこの家ぐらい。ここだって資産価値なんて知れたものだ。38歳天涯孤独、独身どころか恋人すらいない俺を今どうこうしたところで、何も出ないことぐらいわかるだろう。まあ怪しいもんだが、とりあえず開けてみるか。  章夫は色褪せた朱色の組み紐に手をかけ、それを解きにかかった。長い間開封されていなかったと見え、固く締まった結び目をほどく事は容易ではなかった。それでも時間をかけて、すこしずつ緩ませながら外していった。そして本体のみになると左手で底を押さえ右手でフタを持ち、繊細そうな作りの小さな箱を壊さないよう、フタをそっと持ち上げた。箱はきしみ、きゅッ、きゅッ、と小さな鳴き声をあげた。鳴き声?いやそれはおかしい。単なる古木のきしみだ。  ふっとフタが軽くなり、箱が開いた。その瞬間、章夫の意識は遠のき、次に気が付いた時には、見知らぬ場所にぼんやり突っ立っていた。目の前には、茶色っぽい大きな建物がいくつも並んでいる。何人かの若い男女が、おしゃべりしながら目の前を通り過ぎていく。  雰囲気的に、どうやら大学のキャンパスのようだ。しかし彼らの服装ときたら。裾の広がったジーンズにやたらと襟が大きいピッタリとしたシャツ、それに毛糸のベスト。そして男も女も、みな長髪にしている。テレビで見るような70年代ファッションそのものだ。最近はこんなのが流行ってるのか?  しかし相変わらず、この場所がどこかはわからない。
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