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 なんなんだ、何が起こった、一体ここはどこなんだ!  章夫は混乱の極みで脳内パニック状態となった。すると、 「おおい!おおい!忠治(ただはる)こっちだ、待ってたぞ」  大声を上げながら、笑顔でこちらに向かってくる青年がいる。忠治?忠治、忠治……。それはさっきの老人が言っていた、章夫の祖父の名前に違いなかった。章夫はまわりをきょろきょろ見まわし、いるはずのない祖父の姿を思わず探した。しかし近づいてきた青年の顔を見ると、章夫は雷に打たれたかのような激しいショックを受け、体じゅうに震えが走った。  瞬間、章夫の存在は消え去り忠治と完全に入れ替わった。 「おう、英次郎、ありがとな。おまえ俺との約束覚えててくれたんだな。また会えてうれしいよ。ありがとうありがとう」  今では忠治となりしかも学生らしく若い姿となったかつての章夫は、どこかにあの老人の面影を残す青年、英次郎と抱擁しながら、うれし涙を流した。  あの箱の中に入っていたものは。祖父のたましいそのものであった。英次郎と忠治は、同じ大学の学友であり、かつ秘密裡に愛し合う仲でもあった。もちろん、そのような関係性を大っぴらにできるような時代ではなく、二人は決して誰にも気づかれないよう、しかし深く深く愛し合っていた。  だが社会的にも結婚をして家庭を持たなければならず、お互いお見合い結婚に踏み切り子どもも作った。それでも、傍目には学生時代からの大親友として、二人は秘かに関係を続けていた。 「なあ、英次郎、俺はもう嘘をついて生きることに疲れてしまったよ」  その夜、忠治は、二人で宿泊した温泉旅館でそうつぶやいた。 「そうだな……、俺たちは、もう」  見つめ合う瞳の中に同じ想いを見た二人は、旅館を出て散歩する態で海へと向かった。そして固く抱き合ったまま、岸壁から身を投げた。  忠治は、まぶしい光を感じて目を覚ました。するとどこからともなく語りかけてくる、妙なる音楽のようなやさしい声が聞こえた。
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