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140字SS 1-10
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夜があけた。みんなにはいつもの朝だろうけど、ボクにとっては特別な朝。
明けましておめでとう。明けましておめでとう。長い長い夜だった。
父は餅をのどに詰まらせ、声も出せず、じたばた暴れて動かなくなった。
ボクは安心して布団に入る。これで今日から殴られずに済む。
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小花模様の壁紙。真っ白で大きなフリルのついた枕カバー。ピンクのお布団と白いベッド、ふかふかのスリッパ。
念願の一人暮らしが始まり、ずっと憧れていた部屋がようやく実現した。そのうちリビングも変えていく。私の好きなものだけに。
ごめんなさいねおじいさん、仏間だけは残しておくから。
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「あの、どうか」
突然現れた白い髪の少年は、勇気をふりしぼった声で言った。
「僕のごはんになってくれませんか」
可愛かったので話を聞くと、彼は吸血族の亜種。生物の『気』を糧とするもの。
「僕、食べられる相手が偏ってて」
私の生気なら喰えるらしい。
はて、人魚専門とはまたニッチな。
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腹にまだへその緒がついた仔犬を拾った。小さく弱々しいので、母犬に見放されたのかもしれない。連れ帰って世話をすると、すくすくと元気に育った。
成犬になった頃、村人が私の庵を焼きに来た。森の魔女を殺せと。
犬は口から火を吹いて追い払った。
お前、頭が3つあるだけじゃないんだねえ。
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この国の誕生日ケーキは小さい。直径10cmほどの一人用。
中にはランダムでいろんな職業の人形が1つだけ入っている。6歳から16歳までの間に毎年1つずつ集め、将来を占うのだそうだ。
「今年は何だった?」
「ヘビ使い」
世界は広く、人生は意外な道に繋がる事もある。それを忘れずいるために。
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いつ買ったのか思い出せないペンが一本。
ためしに書いてみると、線がキラキラ輝いている。
おまじないの本を開き、魔法陣を写してみた。
『あら、素敵。こんなものを書かれたのは初めて』
どこからか声がして、ノートから妖精達が次々に飛び出してくる。
描いたのは【明日が楽しくなる魔法】。
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その蝶が現れたら『何か』が終わる。
吉兆とも凶兆ともとれるその存在は、神の使いと言い伝えられていた。
旱魃が終わった年も、疫病がおさまった年も。都が津波に呑まれてなくなった年も現れた。果たして今回は。人々は噂する。
終わるかもしれない。どさくさ紛れに攻め入ってきた隣国の支配が。
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大学の先輩が「一人暮らしなのに、時折誰かがいるような音がする」というので見に行ってみた。
万が一、不審者が入り込んでたらいけないので。
……でも違った。ただの霊。
「ただのって何!?」
「猫です。以前、この部屋で暮らしてたんじゃないですか」
以来、先輩は猫缶を買って帰るようになった。
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私がその人の文を好きな理由の一つに、性的描写やそういった展開がない事が挙げられる。
どんなに破滅的な話も、孤独な世界も、どこか澄んだ空気に満ちている。
私はその空気を吸いたい。
その世界で眠りたい。
世界の醜さや残酷さは、けしてなくなることがないとしても。
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怪しい古物商から、小鳥の置物を買った。僕が眠ると、耳穴をほじるようにして嫌な記憶を食べてくれるという。
心に残る嫌な出来事や後悔を、全て食べ尽くすと羽ばたいて店に帰るのだという。
小鳥がいなくなり、僕は元気になった。
そして鬼門だった上司の逆鱗に触れた。対処法まで忘れていた。
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