140字SS 11-20

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140字SS 11-20

-11-  冬の日暮れ。  あっという間に深い紺に染まってゆく空。温もりのある光がほんのわずか西の彼方に残る頃、東の空はとうに夜に覆われている。 「ほら、あれが夜の端っこ」  兄は頭上を指差す。さあ、見失うな。彼岸と此岸の境目は、昼と夜の狭間にあると決まっている。  召喚の儀式を始めよう。 -12- 「どうしてくれるの」  半泣きの猫に責められる。  僕はただ、鞄に入っていた煮干をあげただけだった。飼い猫にするように。  君がまさか、異界の住人とは思わなくて。 「戻れなくなった。ここの食べ物を食べたからだわ」  とりあえず今夜はうちで保護しよう。黄泉戸喫(よもつへぐい)って逆もアリなのか。 -13-  城は見る間に棘だらけの植物に覆われた。  花の香りは強い催眠効果を持ち、生きる物全てを眠らせた。 「おお、姫よ」  妖精は嘆く。  姫はまだ幼く、その身の力は強大すぎた。不安や恐れで暴走せぬよう、常に注意深く守られていた。 「だから恋をするには早いと」  庭師の少年は何も知らず深く眠る。 -14- 「先輩が恋をしないと言っている間は、僕もしません」 「え?」 「ん?」 「どういう意味?」 「あれ…ええと、今ふとそう思ったので、そのまま口にしただけなんですが。特に意味もなく」 「これは煽りでもなんでもないんだが、寝言は寝て言おうな?」 「ぐうの音も出ませんね」           ——『恋愛未満』 -15-  中古で買った雛人形を出しておいたら、飼い猫にボロボロにされていた。  なんてことを! と叱ったけれど、猫はさっと逃げて知らん顔。  職場でその話をすると、「そっか、だからあの影がもういないのね」と同僚。 「あなた最近、ずっと変なの連れてたわよ」  ……今日は特別高いおやつを買って帰って詫びよう。 -16-  地獄へ行くほど悪人ではなく、天国へ行くほど善人でもなかった。  そんな魂はまた生まれ変わる前に『修行』の期間があるという。 「どんな修行を?」 「なに、自分が生まれた時間まで戻って、その人生を見守るのさ」  自分が何をやってきたか。  文字通り『見つめ直す』のだ。  一生分。 -17-  悪役令嬢に転生した。  我が家が有力貴族として栄えているのは、ご先祖が契約した高位魔族の守護のお陰。  正ヒロインはこの魔物の存在を見抜き、王子達と共に退治する。ゲームでは。 「僕を道具として見ない人間は、久しぶりだ…」  彼の正体は、契約に縛られ闇に堕ちた精霊だった。——救いたい。 -18-  少女は探している。いつか読んだお伽話を。屋敷の書庫、膨大な書物の棚の前で。  彼は待っている。永き生を過ごすうち、この一族に囚われてしまった自分を解放してくれる者を。  重厚な本棚に紛れた隠し扉を、見つけて開いてくれる運命の相手を。 「あら?」  ……少女の手が、棚に触れた。 -19-  学生時代、人は逆境の中で試されるのだと思っていた。  自分が正しいと思う信念を守れるどうか。  でも大人になってみて、考えが変わった。  本当に試されるのは成功している時。優位に立ち、場をコントロールする力があり、自分を止める存在がいない。  何をしても許されると、勘違いしたくなる中で。 -20-  夏の夕立が好きだ。  高校の頃、学校帰りに降られてずぶ濡れになった。人気のない道。開き直って顔を上げて、髪の毛から雫を滴らせながら歩いた。  あの時の雨が、私を洗い流したんだ。  傘についた、彼の返り血と共に。
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