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140字SS 81-90
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卒業式。すすり泣く保護者たちを不思議な気持ちで眺めている。
子供は相変わらず可愛いが、困った所も多々あり、その日々はまだ続いてゆく。先を思うと泣く気分になんて到底なれない。
ずっとそう思っていた。
新学期、ランドセルを背負って下校する近所の子を見かけてふと寂しくなるまでは。
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去年、豆で追われていた鬼が可哀想だったのでこっそり家に招き入れた。ここは安全だから、休んでいきなよ。鬼は礼を言って去っていった。
今年、鬼は仲間を連れてきた。僕を追い出してここを根城にするらしい。鬼は結局鬼だった。
「だから言ったのに」
隣人の少女が、窓辺で鬼用ライフルを構えた。
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ああ、手を繋ぎたい。抱きしめてしまいたい。ずっと抱き続けている、この想いを伝えたい。
しかしぐっと我慢する。
この気持ちをいつか彼が理解することはあるだろうか——そんな事を思いながら、少し先を歩く背中を見つめる。
もう中学生。
あんなに小さかった子が、大きくなったね。偉いぞ息子。
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「雪女、っているよな」
「はあ」
「日本には雨女も雨男もいるけど、雪男はいない。なぜだと思う?」
うちの部長はたまにこんな問いをする。
「人気のない山奥で、吹雪の寒さをものともせず、旅人を襲う男…に出会ったとして」
「うん」
「それは山賊では?」
クールだなあ、と部長は笑う。
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魂を糧とする悪魔の会話
「人間って、なんか死体を食べてるらしいよ」
「何それ怖」
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『アレクサ、やめて』
スカイプごしに聞こえる声。AIは苦手と言っていた友人だが、とうとう導入したか。
「どう? うまくやれてる?」
『なかなか思い通りにいかないわ』
楽しげな声。
『悪戯が多くて。水はひっくり返すし爪は立てるし』
「ん?」
『うちのアレクサは猫よ。呼びかけるなら、機械より猫がいいもの』
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ずいぶんとよく寝た。仕事が忙しすぎて、最後は倒れるように眠りに落ちた気がする。
地殻変動、気温の上昇、戦争や自然破壊。各地でトラブルが起こり続けるから、ずっと休む間もなかった。
どれ今は――おや、まだ地上は泥沼の争いを続けているのか。
もう全部消去してやり直す頃合いだろうか。
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祖母が自費出版をしたいという。最近は高齢者向けに自分の半生を本にしませんかという商売があるらしく、相談を受けた。
「子供の頃からお話が好きでね。心の中に、私だけのお友達がずっといるのよ。死ぬ前に、その子のお話を本にしたい」
おばあちゃん、それは創作だよ。ぜひやろう。
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「良いですか。『祈れば願いを叶えてくれる神』など、『優しい嘘』に過ぎない。人が明日に絶望せず生きていくための偽りです。
しかし社会の秩序を保つには、人々の精神の安定が不可欠です。
大切なのは嘘をつく側が、それを自覚しておくこと。これが心得です。
――ようこそ、《サンタ協会》へ」
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じりりりりり。目覚ましが鳴っている。じりりりりり。早く起きなくては。じりりりりり。
「っ、ぷはッ! はっ、はぁ……」
『……チッ』
事故物件の部屋。夜、首を絞められると睡眠不足になるので、やるなら朝にしろと言ったのだ。
目を覚ませば私の勝ち。覚まさなければ…。
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