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 学園祭が土曜・日曜の2日間、続く月曜が丸1日後片付けに割り当てられていたので、火曜・水曜はそれぞれ振替休日となっていた。 この2日間が休みなのは、今の僕にとって本当にありがたい。 山内先輩から、入部の件は2~3日じっくり考えてと言われたこともあるけど、やはり一番の要因は逃げるように部活の見学から帰って来た事だ。 あんなことがあって、昨日の今日では流石に学校に行きづらい。もし学校で演劇部の連中や山内先輩にばったりと会ったら、一体どんな顔をすればいいのか……。 そこら辺をうまく立ち回れるほど僕は器用ではないし、平然としていられるほど面の皮が厚くも無い。 ……そもそも、器用であったり面の皮が厚ければ逃げるように帰る事なんてする訳が無いか。 いずれにしても、2日あれば少しはも冷めるだろう……。  まるで誰かに自分の行動の言い訳をするかのように、僕は自分の部屋のベッドの上でパジャマのまま、天井を見つめてそんな事ばかり考えていた。 枕元に置いてあるスマホを手に取り画面を見ると、時刻は10時を少し過ぎたところだった。 連休の初日なのだから、もう少し寝ていようか……、そう思ったものの昨日の出来事を何度も繰り返し考えていたせいで、すっかり目が覚めてしまい眠気などは微塵(みじん)も感じなかった。  僕はパジャマ姿のまま、1階のリビングに降りて行った。1階では祖母がソファに座りBS放送の無料チャンネルでやっている韓流ドラマを観ていた。 「これ、昭雄! 休みだからってパジャマ姿のままで居たら、お客さんが来た時に※べさ。さっさと着替えといで」 (※あずましくない:北海道の方言で「居心地が良くない」の意味) 祖母は僕を一瞥(いちべつ)すると、再び視線をテレビの方に向けてそう言った。 「お客さんって、一体誰が来るって言うのさ? 休みなんだから、少しくらいはいいっしょや? 別に1日パジャマ姿で居るわけじゃないんだからさ」  僕はキッチンの冷蔵庫から牛乳パックを取り出すと、テーブルの上に置いたコップに牛乳を注いだ。 テーブルには祖母が用意してくれた朝食の品々が並べられており、どれもビニールラップが掛けられていた。 皿からビニールラップを剥がしていく。……サラダ、バタートースト、スクランブルエッグ、そして僕が大好きなカリッカリに炒められたベーコン。  今では年金と蓄えで悠々自適な生活を送っている祖母だが、昔は札幌の市立病院で調理師として働いていたのだ。そのせいもあり祖母の作る料理はどれも美味しい。 毎度の食事と学校で昼に食べる弁当は、祖母の家で居候(いそうろう)生活を送る上での大きな楽しみであった。  ルッコラとトマト、それにモッツアレラチーズのサラダに、祖母手作りのイタリアンドレッシングをかける。 マスタードの風味が効いたドレッシングの味を堪能(たんのう)しながら何気なく祖母が観ているテレビの画面に視線を向けると、ちょうどCMが流れていた。  それはBS放送の洋画専門チャンネルの番宣CMであったが、次の瞬間に流れた映像に僕は思わずテレビの画面に釘付けとなった。  画面の中では、角刈りっぽい髪型に口髭を蓄え中近東辺りの顔立ちをした男性が、上は白いタンクトップ1枚、下はデニムのズボンといった出で立ちで、どこかのスタジアムで満員の観衆を前にライブを行っていた。 足踏みと手拍子、それに「We will Rock you!」との歌詞が続く。  ……カッコイイ! なんてかっこいいんだろう!? 画面には字幕が表示され、そしてナレーションが流れた。 「伝説のロックバンド『Queen』と、そのボーカルのフレディ・マーキュリーの生涯を描いた感動の物語、『ボヘミアン・ラプソディ』今夜9時放送」  これは……観たい! 是非とも見たい!  しかし、ウチはBSやCSの有料チャンネルの契約をしていない。見られるのは受信料を支払っているNHKと無料のチャンネル、それに有料チャンネルが時折、無料放送をしている時だけだ。  ここは祖母の家で僕は居候の身。毎日身の回りの世話をして貰っている、その上「見たい映画があるから、それだけの為にBSの有料チャンネルを契約してほしい」とまでは流石に言えない。  あーあ……、観たかったなぁ『ボヘミアン・ラプソディ』 僕は気落ちしたまま朝食の残りを平らげた。  顔を洗い、歯を磨き終えて洗面所を出てきたところで、リビングの壁に据え付けられたインターホンが鳴り来客を告げた。 「昭雄、出ておくれ。 ……ほれ、さっさと着替えないからお客さんが来ただろう」  祖母はそう言い終えると、再びテレビの方に向き直った。 「うん」  僕は一言返事をして、壁に据え付けられたインターホンの小さな画面を覗き込んだ。 画面の中には、両手で段ボール箱を持った宅配便のセールスドライバーの姿が映っていた。 僕は『通話』と書かれたボタンを押し画面の中のセールスドライバーに話しかけた。 「はい」 「ヤマト運輸です。内海 昭雄さん宛てにアマゾンさんからお届け物です」  セールスドライバーは笑顔でハキハキと答えた。 「ばあちゃん、宅配便だよ。僕、このまま出るね」  僕の呼びかけに祖母は右手を上げて無言で返事をした。  ペタペタと音を立て裸足で廊下を歩いて玄関に向かう。サンダルを履き、鍵を開けて玄関ドアを押し開けると、目の前には先ほどインターホンの画面の中に居たセールスドライバーが立っていた。 「はい、こちら1個ですね。受け取りのサインをお願いします」  セールスドライバーはそう言うと、上着の胸ポケットからボールペンを取り出し僕に差し出した。 僕が送り状の受領欄に苗字のサインをしてボールペンと一緒に彼に渡すと、彼は「ありがとうございました!」と爽やかに言い放って家の前に停められたトラックに向かい走って行った。  あー、何を注文してたんだっけ……。 僕はアマゾンのロゴが印刷された段ボール箱を見ながら考えた。 ……あ、漫画の単行本の最新刊だった。  その時だ。僕は突然ひらめいた! アマゾンと言えば、プライムビデオがあるじゃん! そうだった。僕はアマゾンのプライム会員なのだから、会員特典で結構たくさんの映画などがタダで観られるんだった。 『ボヘミアン・ラプソディ』は……、『ボヘミアン・ラプソディ』はプライム会員の無料視聴対象なんだろうか? いや、そもそもプライムビデオにあるのか?  僕はサンダルを脱ぐと、急いで2階の自分の部屋に駆け上がった。 先ほど受け取った段ボール箱をベッドの上に放り投げると、急いで机の上に置いてあるノートパソコンを開き、電源を入れた。  あー、早く立ち上がってくれ! パソコンが起動するまでの僅か10秒間ほどがなんとももどかしい。  パソコンが起動すると、急いでWebブラウザを立ち上げ、お気に入りからアマゾンを選ぶ。 IDとパスワードを入れてログインし、検索ウィンドウに『ボヘミアン・ラプソディ』と入れ、エンターキーを押す……。  あ! あった! しかもプライム会員特典で無料だ! 「ラッキー!」  自然と口から歓喜の言葉が漏れる。
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