1人が本棚に入れています
本棚に追加
プロローグ
嫌いだ。
僕は自分が嫌いだ。
昭雄なんて名前が嫌いだ。
第2次性徴期とやらのおかげで、今ではすっかりゴツゴツしてしまった身体も嫌いだ。
何より股間についているチンポが嫌いだ。
幼い頃からミニカーやヒーロー戦隊の人形よりも、リカちゃん人形やおままごとセットの方が欲しかった。
小学生になってからは女の子の友達の方が多かった。
小学校高学年になってから、周りの男子はクラスのどの女の子が好きとか、初めてオナニーをしたとかそんな話をし始めた。
僕はそういう話題が大嫌いだった。正直虫唾が走った。
でも、周りと話しを合わせないとオカマだと言われそうで怖かった。
我慢して周りの男子と話しを合わせ、これっぽっちも興味のない、いやらしい性の話題に付き合った。
中学生になるとそれはエスカレートした。周りの男子はネットでダウンロードしたとかいう無修正のヌード画像をスマホに詰め込んで学校に持ってきて、競う様にそれを見せびらかして自慢した。
正直、限界が近かったけど、精いっぱい無理をして1日1日を乗り切っていた。
中学2年生のある冬の日にそれは起こった。夜中に下半身に違和感を感じて目が覚めたら、パンツの中で怒張したチンポから白い粘液が溢れだしていた。保健体育の授業で習った夢精というやつだ。
僕は泣いた。
なんだかんだ言って自分も男なのだと。自分では自分の身体の性に違和感を感じていても、身体はすっかり自分は男なのだと主張をしている。
自分がとてつもなく汚らしい存在のように思えて震えた。泣きながら深夜の風呂場でパンツを洗った。
「おまえは所詮、性欲にまみれた汚いオスの1人なのだ。心が女なんて、まやかしで自分を誤魔化そうとするな!」
自分の身体にそう言われているようで怖かった。
僕はすっかり壊れてしまって、次の日からは学校に行けなくなった。
両親は心配したが、僕は決して例の出来事は話さなかった。そう、自分の息子が世間で話題のLGBTの一つ、トランスジェンダーだなんて。そう知った日には2人とも泣くに違いない。ひょっとしたら親子の縁を切られて、僕はどこかの施設にでも入れられてしまうに違いない。
脳裏にはリアルにそんな光景が思い浮かんだ。
自分が強くなれば全ては解決する。
学校に行けないまま、数か月が過ぎたある日。僕は突然に解決策を思いついた。
その日から僕は自分自身に「自分は男なんだ。しっかりしろ昭雄! オカマみたいな生き方をするんじゃない!」そう言い聞かせるようにした。
久しぶりに学校に行った僕に、クラスメイトはまるで腫れ物に触るような対応をした。
だけど、それが思いの他心地よかった。もうクラスの男子たちに無修正のいやらしい画像を見せつけられたり、誰と誰が付き合っていて、セックスをしたとかそう言った性の話題から解放されたからだ。
自分が強くなれば全ては解決する。
そうなんだ。心の性と身体の性が違う、そんなものは甘えた奴の戯言だ。
僕は違う。断じてトランスジェンダーなんかじゃないんだ!
……だけど、毎日苦しい。僕は死ぬまでこんな苦しい思いをして生きていかなければいけないのか?
そうこうしているうちに、あっという間に中学3年生の冬がやって来た。周りは受験勉強の追い込みで忙しいらしい。
僕にとってはどうでもいい事だ。
食後にテレビを見ていたら、父さんが突然パンフレットを渡してきた。
『学校法人 挑翔学園 岩見沢挑翔高等学校』
仰々しく学校名が書かれたパンフレットの表紙には4階建ての校舎を背景に一組の笑顔の少年少女が写っていた。
「昭雄、この高校な、自由な校風がウリで全国から既存の学校になじめない生徒を受け入れているそうだ。ちょうど岩見沢にはおばあちゃんの家があるだろ? そこから通えるし、何よりこのまま旭川に居るよりはいいんじゃないか?」
「……」
僕はパンフレットを見つめたまま黙っていた。
「昭雄、お父さんもお母さんも、貴方の事心配してるのよ。岩見沢なら……その……知ってる人もいないでしょうし、心機一転やりなせると思うの」
両親はどうやら僕がイジメられていて、イジメに悩んでいて時々不登校になったりしているとでも思い込んでいるようだ。
全くいい気なもんだ。僕の悩みはそんな単純なものではないんだ、進路どころでは……。いや待てよ、確かに環境を変えて心機一転やり直しをするのもいいかもしれない。それで僕の抱える問題が解決する訳でもないのだけど、このまま両親を心配させるよりはマシかもしれない。
「うん、僕はこの学校に行ってみたい……」
つい、僕の口をついて出てしまった言葉に両親の顔が綻んだ。そう言えば両親の笑顔なんて、見たのはいつ以来だろうか?
両親の不安の種が少しでも無くなるのなら……、僕が岩見沢へ行くことで問題が先送りできるのならば、それで良いではないか。
最初のコメントを投稿しよう!