踏切

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「カンカンカンカンカン」  踏切の音が聞こえる。窓の外はあかく染まり、その向こうには夕闇の気配が迫っている。私鉄の駅からほど近い、古い木造アパートの二階の窓からは、昔ながらの商店街が見下ろせる。  周辺にまだ大型スーパーがなかった昭和中期の頃は、ずいぶん賑わっていたそうだが、今では見る影もない。しかし昔ほどの隆盛はないにしろ、うどん屋や寿司屋、洋品店など、未だに細々と営業を続ける店もあるにはある。だが今はそれらもひっそりと静まり返り、遮断機の音だけが夕闇の中、響き渡る。  ああ、もうこんな時間。家でぼうっとしていると時間はあっという間。優斗を幼稚園に迎えにいってお買い物して、夕飯の支度しなくちゃ。久子はつと立って冷蔵庫を開けて中をのぞく。  今日は何にしようかな。やっぱり優斗の大好きなハンバーグかなあ。ニンジンやピーマンも細かく刻んで入れちゃえば、野菜嫌いの優斗も食べてくれるしね。でもお肉ばかりでも栄養かたよるし、お魚の方がいいかな。塩焼きじゃ優斗食べないから、鮭のムニエルかな、バターたっぷり落として。あっ、でも最近お腹まわりが気になるパパには、バター抜きの方がいいかな。パパは……今日も帰り……遅いのか……な……  夫のことを思い浮かべたとたん、久子は頭の芯がしびれるような感覚に打たれた。一瞬の放心状態。あれ、なにをするんだっけ。またぼんやりしちゃう……。  絶え間なく押し寄せる  波のような感情のはざまで私は  この世の端から端まで  焦燥感にかられながらひたすらに  ただただ歩き回るのだけど  気が付いたらわたしはまだ  部屋から一歩も出ていなかった    久子は、夕刻が徐々に迫ってくるこの時間が嫌いだった。暖かく明るい太陽の光は、冷たく覆いかぶさるような夕闇の下に徐々に隠されていく。シャッターが下ろされた寂れた商店街には薄暗い街路灯が点々と灯り、それは明るさよりも不気味さを醸し出す。  夕方のラッシュに差し掛かり踏切の音が絶え間なく鳴り響き、音は線路からほど近いこのアパートの二階にまで、カンカンカンカンと容赦なく侵入してくる。それはまるで、まるで……    なにかに責め立てられるような、  ひたすら不安にかられるような、  逃げ道を徐々に塞がれながら  ずっと  追い立てられているような  あああ意味のない思考。あたしはもっと現実的に、てきぱきと生活しなくちゃ。パパと優斗とあたし、三人でたのしく暮らしていくんだから。
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