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高校生になり、彼はあの時の痛みの正体に気付いた。
生徒の半分は女子だというのに、微笑む顔が”美しい”と思うのは彼女以外いない。それに気付いたことが発端だった。
彼女は昔から誰に対しても明るくて優しい。勉強もスポーツも何でも意欲的で、いつも興味津々で、目をキラキラさせている。誰もが彼女と友人になりたがった。彼女もまた、誰のことも受け入れていた。
彼もまた、彼女の”友人”の一人だった。
彼はそれが不服だった。毎日もやもやして眠れない。
もうすぐ彼女の誕生日だ。今年、赤い薔薇を贈れば、”友人”ではなく、もっと特別な存在と思ってもらえるだろうか。
そんな淡い期待を抱いてしまったのは、彼に友人が少なかったせいかもしれない。
彼は高校に入って、多くはないが友人もできて、世界が広がった気でいた。だが、彼女の世界はもっと広いのだと気付いていなかった。
「ずっと前から好きだったんだよね」
彼女が他の男からそんな言葉を受けているところを見てしまうまでは。
相手はバスケ部の主将で、顔立ちも逞しくて爽やかな、いわゆる”イケメン”だった。
そんな人を前にして、驚いて、恥ずかしそうに俯く彼女の姿が見えた。
彼はその場を去った。この上彼女が”好き”と返事している声まで聞いてしまっては、きっと立ち直れない。
家に帰るといつも通り店番を始めた。両親を追い払って、薔薇を用意する口実だ。だが、どの薔薇にしようか考え込んだところで、ふと虚しくなった。
どうせ彼女は今日は来ない。さっきのイケメンと一緒に帰って、プレゼントの薔薇の事など忘れているに違いない。用意するだけ無駄じゃないか。彼はそう思った。
その時――
「こんにちはー。バラのプレゼント、受け取りに来ましたー」
彼女が、ドアベルと共に店の戸をくぐった。
どうして来たのか? さっきのイケメンと一緒じゃないのか? あらゆる疑問が頭の中を駆け巡るも、彼女の目を見ると何も言葉にならなかった。
「あ、あの……さっき……」
「? ”さっき”って?」
彼女は、今日も薔薇が用意されているものと信じ、きょろきょろとその姿を探し求めている。いつもと変わらず、その目はキラキラと宝石のように輝いている。
彼は、急いで薔薇の花に手を伸ばした。
当初考えていた通り、3本。棘を取り、OPPフィルムで巻いて、黄色のリボンを巻く。ただし、花の色はオレンジだ。
「あれ、ピンクじゃないね。オレンジは何て花言葉なの?」
「……『絆』」
「へぇ」
彼女は、何故か笑った。
「嫌なら、別の色にする」
「ううん、このオレンジ色がいい」
彼女の浮かべた笑みは満足そうだった。嬉しそうに何かの歌を口ずさんで、手元の薔薇をじっと見ながら店を後にした。
やはり良いことがあったから、機嫌が良いのだろうか。
きっと、自分が赤い薔薇を贈っても、あんな風には笑わなかっただろう。
彼は、自分で自分の胸に棘を突き立てた。
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