赤い薔薇は、またいつか

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 結局彼女は、あの先輩とは付き合わなかったらしい。ひと月もしないうちに、それが噂となって耳に入った。  理由はわからなかったが、彼はとにかく安堵していた。それから1年経っても、他の誰かとの噂は聞こえてこない。今日――今年の誕生日は、薔薇を贈るのに遠慮を感じる必要はなさそうだ。  彼女は女子バスケ部。自分は帰宅部。確実に彼女より早く帰り、準備ができる。彼は、そわそわする内心を仏頂面の奥に押し込んで放課後を待った。  だが昼休み、今まで話したことのない女子から声をかけられた。 「放課後、ちょっといい?」  帰るのが遅くなってしまう――そう思った彼は、その時、声をかけてきた女子の頬がほんのり赤く染まっていることに気付いていなかった。    急ぎ足で家に帰ると、両親と店番を交代した。この歳になれば、親を追い払って何をしているかくらい見抜かれている。開き直って、張り切って用意しておいた薔薇に手をつけた。普段店には置かない商品だが、昨日の発注のリストに紛れ込ませておいたのだ。勿論、後で小遣いから引いてもらう。  いつもと同じく棘を取り、丁寧にフィルムに包んで、鮮やかな赤のリボンを結ぶ。花の色は黄色。その花言葉は『友情』だ。だがこれを選んだのは、理由がある。  時計を見ると、そろそろ彼女が部活帰りに顔を出す時間だ。彼は胸の内で、話す内容をくり返し確認した。  すると、カランとドアベルが鳴った。  そろりと開かされたドアの向こうから、彼女が顔を覗かせた。今日は何故か遠慮がちだ。いつもなら我が家の如く入ってくるというのに、奇妙な様子だった。 「あ、誕生日おめでとう」 「うん、ありがとう」  いつになく、ぎこちないやり取りだった。  気まずい空気を打破するべく、彼は用意しておいた花束に手を伸ばした。すると、彼女はその手をそっと遮った。 「いい。バラの花……いらない」 「え……どうして?」  彼が問うと、彼女は困ったように視線を逸らせた。やがて意を決したように、明るい声で、からかうように言った。 「だって、カノジョできたんでしょ? それなのに他の女の子に花なんてあげちゃダメだよ」  バシバシと大袈裟に肩を叩きながら彼女は言った。だが痛いだけで、彼には何のことかさっぱりわからない。 「カノジョ?」 「今日、告白されてたでしょ」  確かに、昼休みに呼び出された場所へ行くなり、いきなりあの女子に好きだと言われた。だが嬉しさよりも、訳が分からないという印象の方が先に立ってしまった。  もじもじした姿は少し可愛らしいとも思ったが、それだけだ。よくわからない相手と付き合うことは、彼には考えられなかった。 「断ったけど……」 「え、どうして?」  彼女は、心底不思議そうな顔をした。 「どうしてって……」 「他に好きな人でもいるの?」  詰め寄るように、彼女は問うた。彼はこうも真っ直ぐに見つめられて、平静を保つ度胸もなければ、器用でもない。顔を赤くして、逸らせるぐらいしかできなかった。  すると彼女は何か察したように、笑ってごまかした。 「あはは、ゴメン。変なこと聞いたね。気にしないで」 「いや……」 「とにかく、お花はもう気にしてくれなくていいから! それじゃ!」  彼女はそう言って、そそくさと店を出て行った。彼の用意した花束は受け取ってくれる相手を失ってしまった。  花束は、黄色い薔薇が7本。その花言葉は『友情』、そして『愛の告白』だった。
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