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それから4年、彼からバラを贈ることはなくなった。
高校卒業と共にほぼ没交渉になってしまった。元より社交的で友人の多い彼女と、交友範囲が狭く実家の手伝いに時間を割く彼では、そうなるのも当然のことだった。
それでも互いに、望む進路に進めた事だけは喜んでいた。
彼はフラワー装飾技能と経営を学び、この春からは正式な店員として実家の花屋に勤めることになっていた。
語学に興味があった彼女は、大学の外国語学部に進んだ。そう、風の噂で聞いた。風の噂でしか知らないのは、あれ以降、まったく話をしていないからだ。
彼は、仕方ないことだと思っていた。住む世界が違うのだと、思うことにした。
そうしてその日も実家の店で店番がてら勉強していると、ドアベルが来客を知らせた。
「いらっしゃいませ」
無造作に言って、彼はそこから先の言葉を失くしてしまった。
ドアを後ろ手に閉めて立っていたのは、彼女だった。以前よりも伸びた髪をきれいに結い上げて、リクルートスーツに身を包んだ彼女だ。
「ひ、久しぶり」
「うん、久しぶり。高校以来だね」
彼は、頷くので精いっぱいだった。
「その後、どう? 進路、決まってる?」
「ここに就職」
彼が店内を指さすと、彼女は嬉しそうに笑った。
「そっか、夢叶ったね。おめでとう」
「……ありがとう」
「私はね、次の春から翻訳家の卵だよ」
「お、おめでとう」
「どうもどうも」
彼女はぺこりとお辞儀した。だが、それ以上は何も言わなかった。放っておいても話題の尽きない彼女にしては珍しいことだった。
それどころか、何か言い辛そうにもじもじしている。何かしてほしいことがあるのだろうかと、彼は考えを巡らせた。そして、ふとカレンダーが目に入り、気が付いた。
彼は無言で立ち上がり、店の奥に置いておいたバケツに走った。そこに置いてある花を持って戻り、ラッピングを施していく。
「はい」
「え?」
いきなりのことで戸惑う彼女に、彼は花束を差し出した。
青い薔薇を10本束ねた花束だ。
「うわ、青いバラだ」
「誕生日おめでとうと、就職おめでとう」
驚きと嬉しさが交じり合った顔で、彼女は花束をじっと見つめていた。
「花言葉は、『夢叶う』」
彼がそう告げると、彼女の唇から感嘆の声が漏れた。
「ありがとう。頑張る」
そう告げた彼女の笑顔は輝いていた。昔から変わらない、花に劣らぬ美しい微笑みだった。
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