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明里の顔に普段の笑顔が戻ってきた。明里はさっぱりとした性格の持ち主で、他人への優しさも持ち合わせていた。舞依にとっては一番心から信頼できる友達だった。
五月の若葉が、風に吹かれてさやさやと音を立てていた。穏やかな風がコートの中を通り抜けていた。舞依はなんとかこの場が治まったことに思わず安堵の息をついていた。
試合後、舞依と明里はベンチに並んで座り、休憩を取っていた。ベンチのすぐ後ろには桜の木があったため、ベンチは木陰になっていてとても涼しく感じられた。時折吹くそよ風は、舞依のほてった体を癒してくれる。
「まったく。今、思い出しても腹が立つ。いつかあの子とっちめてやらなくちゃ」
「私が不甲斐ないばかりに不快な思いをさせちゃって・・・本当にごめん」
「別に舞依は悪くないよ。きっかけを作ったのは舞依かも知れないけど、以前から私はすみれのことは気に入らなかったんだ。今日は友達をバカにされたから、ついむきになっちゃっただけだよ。まぁ、その件はもういいよ。それにしても今日のあなたどうしたの? 私もすみれと同じことを考えていたんだけど、舞依、今日はおかしかったよ。集中力が欠けているって感じだったけど。何かあったの? 単純なミスを繰り返してばかりで・・・」
明里は心配そうに舞依の顔を見つめていた。
「う、うん。ごめん。足引っ張っちゃって・・・」
「もうすぐ私達にとって、高校最後の大会が迫ってきているんだよ。最後は一緒にレギュラーつかむって約束したよね。しっかりしなさいよ。あの生意気な下級生に一泡吹かせようよ」
明里は熱意のこもった声で舞依に迫っていた。しかしそんな興奮ぎみの明里を無視するかのように舞依の目線は明里ではなくサッカー部の方に向いていた。
サッカー部では、部員が二手に分かれて試合形式の練習に汗を流していた。そのメンバーの中で、一番背が高くて明るくみんなを鼓舞しながら練習している男子生徒の姿を舞依は目で追っていた。明里はそんな舞依の様子を見逃さなかった。
「心、ここにあらずだね」
「えっ?」
舞依は明里の突然の発言に思わず慌てて明里の方を振り向いた。舞依の鼓動が一瞬にして跳ね上がっていた。
「舞依、まだ、前の彼氏を忘れられないんだ」
「そ、そんなことないよ」
「嘘。サッカー部の部長の伸也ばかり見てるよね? もう別れてから結構経っているよね? そろそろ気持ちを切り替えたらどうなの?」
「え、私、見てなんかいないよ。そ、それにもうすっかり伸也のことなんか忘れてるし。もう大丈夫だよ。本当に・・・」
舞依は急に心の中を見透かされたようでドキマギしながら答えていた。親友に心の中を見抜かれた恥ずかしさで舞依は咄嗟に視線をそらしていた。
「よく言うよ。今もサッカー部の方を見てたくせに。まだ、未練ありありなんじゃないの?」
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