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明里はおもむろに舞依の顔を覗き込んだ。
「えっ、嘘。私、サッカー部なんて見てたかな・・・そんなことないと思うけどな・・・」
舞依は最後の方は言葉を濁しながら膝の上に置いてあったラケットのストリングのずれを指で直していた。言葉とは裏腹に舞依は今も伸也のことが忘れられないでいた。伸也は舞依にとって初めて本当に好きになった人であった。好きな気持ちが強すぎて自分から告白をしてようやく付き合えた相手だっただけに簡単に忘れる訳はなかった。
そんな伸也に突然別れを告げられた舞依は、心の置き所もなく毎日を暮らす日々が続いていた。
楽しかった伸也との日々を忘れようと努力している舞依にとって、目の前で生き生きとサッカーをしている伸也の姿は舞依の心はかき乱すには十分な存在であった。今の舞依は明里の言ったようにテニスへの集中力は完全に欠けている状態だった。
「伸也のことを忘れられないのかも知れないけど、今はもっと前向きに生きようよ。伸也ばかりが男じゃないんだし」
明里は言い諭すように舞依の手の上に自分の手を重ねた。舞依の顔色は冴えないままだったが、自分に言い聞かせるように小さくうなずくしかなかった。
穏やかな風が、舞依の頬をそっと撫でるように吹いていた。舞依のツインテールに結んだ髪が揺れていた。
「ねぇ、ところであの子、あなたの知り合いなの? さっきからあなたの方ばっか見てるけど・・・」
「えっ・・・」
明里は、フェンスの方を指差していた。舞依は指さす方向を追いかけると、そこにはフェンスの外から舞依の方を見つめる少年が立っていた。
テニスコートは校庭の端の方にあり、すぐ脇には道路に面していた。高いフェンス越しから明らかに低学年の小学生と思われる少年がこちらを見ていた。
「えっ、あの子のこと? 私のことなんか見てるかな? 全然、知らない子だけど」
舞依は首を傾けながら子供の方を見つめていた。
「試合の時から、あなただけを見てるって、感じだったけど。舞依の知り合いじゃないの?」
「さぁ・・・全然、心当たりないけどなぁ。気のせいじゃないかな。ただ、単にテニスに興味あるだけじゃないの」
「ふ~ん、まぁ、いいや。じゃあ、また、練習に参加しよう。今度は集中してよ」
「もちろん。私だって、最後の年ぐらいレギュラーとして試合に出たいしね」
舞依は膝に置いてあったラケットを持つと、腰を上げた。そして自分を鼓舞するように力強く手を握り締めていた。舞依はテニス部に入部してから試合に出た経験がなかった。一生懸命練習を重ねていたが、人より実力が劣っている舞依は試合を出るまでには至らなかった。
そんな舞依にとって、高校最後の地区大会はレギュラーになれる最後のチャンスであった。そのためには、別れた伸也のことなどいつまでもかまけている余裕はないと舞依は改めて思った。
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