プロローグ

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 ようやく家にたどり着いた舞依を麗奈は驚いた顔で迎えていた。 「まぁ、どうしたんですか、その恰好?」  舞依の変わり果てた姿を見て、麗奈も二の句がすぐには出ない状況だった。  まるで濡れたねずみみたいな汚い恰好。服も顔も泥だらけになっていた。それに舞依の肌は、あまりの雨足の強さに赤く腫れあがっていた。 「何があったんですか、一体?」  舞依は目に涙をためて、玄関に立ち尽くしていた。汚れた顔をした舞依の表情は青ざめ、目はどこか焦点が定まっておらずうつろになっていた。 「とにかく今、タオルを持ってきますので、そこで少しお待ちください」 「いいよ、ほっといてよ」  舞依は独り言のようにぽつりと呟いた。 「えっ、今何か言いましたか? よく聞こえませんでした。もう一度、お話してもらえませんか?」 「もう私のことはほっといて!」  突然声を張り上げた舞依は、靴を脱ぎ捨てると素早く家に上がり、二階の自分の部屋に駆け上がっていった。  舞依は部屋の鍵を掛け、ベッドに崩れ落ちた。白いシーツが泥だらけになったが、構わずうつぶせになって声をふりしぼるように泣きじゃくっていた。  涙があふれシーツをビショビショに濡らし、喉が痛くなるまで延々と涙を流し続けた。  しばらくすると舞依は泣き疲れて顔を上げた。舞依の目の先には、てるてる坊主があった。ニコニコ顔のてるてる坊主。  鼻をしくしくと鳴らしながら舞依は立ち上がると、てるてる坊主の方に足を向けた。突然、舞依は決意したかのようにガバッとてるてる坊主をむしり取り、てるてる坊主を窓の外に投げ捨ててしまった。  舞依は左手の薬指にはめてある指輪を抜き取って、外に捨てようとした。だが、舞依は投げる姿勢のまま、腕が動かなかった。舞依は腕をゆっくりと降ろし、指輪を見つめた。  舞依の目から再び涙が押し止めもなく、流れていった。舞依は再びベッドに崩れ落ちて泣き続けた。   朝、起きると、舞依は高校の制服に着替え始めていた。胸に校章のついた紺のブレザーを着て、下はチェック模様のひざ丈上のスカートをはいた姿で鏡台の前に腰を下ろしていた。舞依は、肩まで垂らした髪を二つに分けて、両方の耳のところで結わえながら鏡の中の自分を見つめていた。長いまつ毛に縁取られた黒い瞳はうさぎのように真っ赤な目に変わり、顔は泣き続けたためむくんでいた。あまりにもひどい姿に舞依は苦笑いせずにはいられなかった。  部屋の中から窓の外を見ると昨夜の大雨が嘘のように外は眩しいぐらい晴れた天気になっていた。  全ての支度を終えた舞依は気分が優れぬまま玄関のドアを開けた。庭にある大きな桜の木の下には汚れたてるてる坊主があった。雨水がはねて、泥だらけになったてるてる坊主は、顔の区別すらつかない程汚れていた。それは昨日の自分と同様、ボロボロの姿であった。  舞依はそれを悲しいまなざしで見つめていた。  
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