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「おはよう、朝礼を始めるぞ」
先生の声に反応するように明里や他の生徒達も急いで、自分の席へと戻っていった。
舞依は明里が目の前から消えたことに思わず安堵の息をついた。親友である明里にはいずれ、本当のことを話さなくてはいけないとは分かっていたが、今は一人、心を落ち着かせる時間が欲しかった。もう少し時間を置けば、明里にも笑顔で伸也と別れたことを告げられると思えたのだ。
舞依は帰宅後、制服姿のままてるてる坊主を捨てた辺りを探してみた。二階にある舞依の部屋から放り投げたてるてる坊主は、家の前の桜の木の下に落ちたのを今朝確認していた。しかし桜の木の周りを探してみたが、てるてる坊主が見つからなかった。桜の木以外の場所を探してもてるてる坊主がなかった。
大きな桜の木は、既に桜の花は全て散っていて、今は濃い緑の葉が舞依の上を覆っていた。舞依の家の桜の木はこの近所では立派な桜として有名で、四月になるとたくさんの人達が路上で立ち止まって桜の花を眺めていた。
「おい、何か探してるのか?」
突然、声がして舞依は振り向くと、そこにはスーツ姿の父親の明夫が立っていた。紺色のスーツをビシッと決めた銀縁の眼鏡を掛けた中年男性だった。
「お帰りなさい、お父さん、もう仕事終わったの?」
「今日は体を休めるため早く帰ったんだ。ゴールデンウィーク中は遊園地にとって書き入れ時だからな。休める時に休んでおかないとな」
舞依の父親明夫は、レジャー施設を祖父の代から引き継いで経営していた。ゴールデンウィークはたくさんの人達が遊びに遊園地に出掛けるため、明夫は休むことなく仕事をせざるえなかった。そのため舞依は生まれてからゴールデンウィークの期間中は家族で遊んだ記憶がなかった。
「それより何をやっているんだ。庭の中を?」
「ちょっと、探し物をしていてね。お父さん、この辺りに今日、何か落ちてなかった?」
「さぁな。俺も今日は庭には足を運ばなかったからな。全然、分からんな。お手伝いの麗奈さんならいつもこの辺りも掃除しているし、何か分かるかもな」
明夫は、メガネの縁を上にあげた。メガネのレンズが太陽に反射してキラリと光っていた。
「それよりも舞依、昨夜は体がびしょ濡れのまま家に上がったそうだな。麗奈さん、あの後、家の廊下を拭いたりして大変だったそうだぞ。ちゃんと謝ったのか?」
明夫は表情を一切変えずに射るような視線を舞依に向けた。
「いえ、まだ・・・」
舞依は長いまつ毛をしばたたかせてうつむいていた。舞依は居心地悪そうにスカートの裾をつかみながら口ごもっていた。
「今すぐちゃんと謝りなさい。今朝は麗奈さん、俺に愚痴を吐いていたからな。掃除が大変だったって」
「そうだね。じゃあ、そうする」
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