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 会社員のJさんは、朝目を覚ますと、部屋の天井に足あとがついているのに気がついた。  Jさんが初めてそれに気がついたのは、その部屋に引っ越してから、約1週間が経った頃である。最初は、染みかカビのようなものだと思っていたそうだ。しかしよく目を凝らすと、どう見ても足あとだった。  男のものだか女のものだかは分からないが、大体25cmくらいの、小さな足あとが毎朝無数に天井を覆っているのだと言う。  断っておくが、Jさんに霊感はない。本人曰く、ごくごく普通のサラリーマンである。幽霊の存在も、信じちゃいなかった。  だから最初にこの足あとに気がついた時は、Jさんは心底驚いた。アパートの大家からも、引っ越した部屋が事故物件だという話は聞いてはいなかった。あるいはあえて黙っていたのかもしれない。  文句を言って出て行ってやろうとも思ったが、転勤したばかりで、市内の物件を今更探し直すのは、(いささ)か億劫だった。  それに、別に足あとがついているだけで、それ以外は何か悪いことが起きている訳でもない。窓が割れたとか鏡が割れたとか、夜中トイレに髪の長い幽霊が出た、なんてこともない。  “足あと“以外、その部屋での生活は、今のところ平穏無事そのものだった。  不衛生ではあるが、害がないのなら放っておいてもいいかもしれない……Jさんはそう考え直した。実際もう1週間も経てば、天井の足あとは壁の模様と何ら変わることもなく、全く気にならなくなった。  それにしても、一体誰の足あとだろうか。  天井に備え付けられた白い蛍光灯の周りを、ペタペタと歩き回っている小さな足あとを見上げて、Jさんは首を捻った。  足あとは毎日、朝になるとついていて、夜中に会社から帰ってくると消えていた。足音はしなかった。隣人トラブルになったり、天井を張り替えるとなると大ごとなので、そういう意味では大変助かる幽霊だった。  足あとは、壁や地面にはつかず、天井の四角い枠の中をずっと歩き回っているようだった。あるいは走り回っているような、はしゃいでいるような。それも毎日、毎日だ。  ふと思い立って、ある日の晩、Jさんは窓を開けっ放しのまま寝ることにした。  次の日、目を覚ますと天井に例の足あとが残っていた。ただいつもと違い、足あとは一直線に開けっ放しだった窓の方へと向かっていた。  きっと窓から出て行ったのだろう。Jさんはそう思った。その日以来、天井に足あとはつかなくなった。  後日、Jさんは大家に会いに行き、事情を問い(ただ)した。Jさんに詰め寄られた大家は項垂(うなだ)れ、やがてポツリポツリと話し始めた。  Jさんの思った通り、あの部屋は事故物件だった。数年前若い女性が自殺して、それ以来、住む人住む人不可解な怪奇現象に悩まされているのだという。Jさんはようやく納得した。 「それであの足あとが……」 「足あと?」  大家は首を捻った。 「変ですねえ……自殺した女の人は、生まれつき足がなかったんですけれど」  それを聞いたJさんは青ざめた。あの足あとは……あの幽霊は、天井を歩き回っていたんじゃない。逃げ回っていたんだ。自殺した女の悪霊から。  それからすぐにJさんは部屋を引き払った。アパートはまだ、市内に建っていると言う。
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