1章 翡翠の女王

1/13
10人が本棚に入れています
本棚に追加
/20ページ

1章 翡翠の女王

          (1) 夏でも冷たい流れに素足を差し入れて、水を楽しんでいると、目の端にキラッと光る何かがあった。 手を伸ばして川底を探ると、ゴロリと子供の拳ほどの石が指に触れる。灰色の地にところどころ深みのある緑の色が見える。 奴奈川姫(ヌナカワヒメ)はふふっ、と声に出して笑って、腰に下げた袋に石を入れた。ヌナカワは、この越の国を治める若き女王である。父の奴奈川彦(ヌナカワヒコ)がまとめ上げた越の国をさらに豊かにしていくために、何が必要か日々考えているところであった。 越の国の特産品は翡翠である。 先ほどヌナカワが腰の袋に入れたのも、翡翠の原石であった。翡翠を磨いて丸く加工し、穴を穿つと身分の高い者が身につける玉(ギョク)になる。 越の国の翡翠は色が美しく、加工もしやすい。遠くからも欲しいという者がたびたび訪れては、代わりに貴重な物を置いていく。鉄器や焼き物、米や豆などの穀物など。顔料や、染め物に使ったり、薬にしたりする植物など、ありとあらゆる物が集まって来ていた。 海に面し、大きな川の恵みを受ける越の国は、元々豊かではあったが、翡翠の恩恵でさらに豊かな国になっていた。
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!