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プロローグ 異世界転生、断固拒否します
「よし!! 仕事頑張るわよ!!」
自らの頬を両手で叩き、新米女神ジェニファーは意気込んでいた。
ここは天国でも地獄でもない世界。
今日は彼女が異世界転生課に配属になってからの初仕事である。
異世界転生課とは……。
生前に目覚ましい功績を挙げたり理不尽な状況で生涯を終えた魂を救済するため天界が設けた組織で、命を終え天国か地獄か裁定によって行先を決められた魂とは別にもう一度別の世界で新たな生命として生を受ける魂の希望を聞く役目を担う。
生前の行いにより処遇は大幅に変わって来るが、魂の希望を魂となった本人と女神が一緒になって考える謂わば人間世界の役場の民生課みたいな所である。
「ジェニファー、異世界転生課は今日からね……期待しているわよ?」
「はい!! 頑張ります先輩!!」
ポンと肩を叩いてきた美しき先輩女神マライアに元気いっぱいに答える。
「もう最初の訪問者が来ているから早速お願いね」
「分かりました!!」
扉をくぐると事務机とそれを挟んで二つの椅子が置かれている。
手前のは自分用、反対側のは訪問者用だ。
ジェニファーは早速椅子に腰かけ、机の上に現れた資料を確認すると声を掛けた。
「七瀬瑞基さんどうぞーーー!!」
ジェニファーの声に反応して突然目の前に十代後半くらいの少年が現れた……しかし様子がおかしい、俯いて何かを小声でぶつぶつとつぶやいている。
(変ね、……前に聞いたマライア先輩の話しだとここに来る人間は大抵動揺し狼狽えるらしいのに……)
人それぞれ性格もある、全てがテンプレートに当てはまるものでもない……始めこそ気になったものの、そういうものだと割り切り仕事を始める。
「瑞基さん、どうぞ椅子に座ってください」
瑞基は無言でもそもそと椅子に腰かける。
「えーーーと……瑞基君は西暦2020年4月1日、軽トラックに撥ねられそうになった少女を庇い代わりに自分が撥ねられ重体、三日後に死亡……これで間違いないですね?」
「……はい」
蚊の鳴くようなか細い返事が返って来る。
(その助けられた少女も瑞基君に突き飛ばされて頭を強打、そのまま即死……って書いてあるけどこれは本人には伝えない方がいいわね……)
ジェニファーは手元の資料を見ていたたまれない気持ちになる。
助けたはずの相手が自分の所為で結局死んでしまったなんて流石に教えられない。
しかも瑞基が少女を助けなければ彼女は奇跡的にかすり傷ですむ運命だったと明記してある、ますますやり切れない心持になった。
ジェニファーが教わった異世界転生課の教習にもあったのだが、稀にあるのだ定められた運命を改変してしまう存在が……しかし余程の自称でもない限りはそのイレギュラーな出来事もまるで何事も無かったかのように世界は修正してしまう。
結局は元の運命に近い形に戻っていく。
まるで受けた傷が自然に治るかのように。
「では本題に入ります、あなたは生前の行いにより転生のチャンスが与えられました……何か希望がありますか?
例えば中世ヨーロッパ風のファンタジー調の異世界で勇者を目指すとか、その場合今の姿のままか生まれたところからやり直すのかを選べます
特殊能力の付加は可能な限りは相談に乗りますよ? 魔王を一発で倒す様なのは無理ですけどそこそこのステータスアップはお約束しましょう」
イレギュラーとは言え瑞基のとった行動は善行である、それ故に転生と言うある意味ご褒美が与えられる。
極悪人などはここに来ることも無く問答無用で地獄行きだ。
「あの……」
瑞基が何か言おうとしているが声が小さすぎてジェニファーに聞こえていない。
それどころかしゃべりにエンジンが掛かってしまった彼女は更にしゃべり続づける。
「えーーーと……そうですね、少し変わった所ならあなた自身がモンスターに転生するのもアリかと……スライムとかクモとかかなりとんがった方向性のものもありますけど……あっ、そうだドラゴンなんかどうです? 強そうでしょう?」
「あの……」
「それが嫌ならただ異世界でまったりのんびり過ごすのとかはどうです? 実はこれが最近のトレンドなんですよ!! ただし大抵周りの状況がそれを許してくれないんですけどね」
「あの……」
「さらに最近だと異性に転生なんてのもありますよ? あなたの場合は女の子になりますね!! 飛び切りの美少女に転生して魔法少女になったり、王国のお姫様になって何不自由なん生活するとか……あっそうだ最近だと悪役令嬢なんてのもありますね!!」
ジェニファーのセールストークが止まらない。
瑞基も意を決して少し強めの声を出した。
「あの……!!」
「あっごめんなさいね、私ばっかりしゃべっちゃって……何かお好みのシチュエーションはありましたか?」
ジェニファーは真っ面の笑みを浮かべて瑞基の言葉を待つ。
「……本当にあるんですね、異世界転生」
「えっ? はい、ありますよ……現にあなたにはその資格があります」
「ラノベやアニメで見ました……軽トラックに撥ねられて死ぬともれなく異世界転生させてもらえるって……」
「いえ、トラックに撥ねられたからと言って必ずしも転生するわけではないんですよ? 前世の行いが考慮されまして……」
「でもいいんです、僕はその異世界転生を断固拒否します……」
「えっ? 今なんて?」
「ですから、僕はもう生命として生きるのはもうこりごりなんです……」
ジェニファーは聞き間違いだと思い尋ね返したがどうやらそうでは無い様だ。
そして絶句する、まさか異世界転生を拒絶する人間が現れるなんて、よりにもよって自分の異世界転生課初赴任の初回の相談者でだ。
こんなケースは教習にも出てこなかったためジェニファーも大いに困惑した。
「何故です!? さっきも私が言いましたが異世界転生は誰にでも起こるものではないんですよ!? 特別なんです!! それを自ら断るなんて!! チート能力を手に入れて女の子とパーティー組んでキャッキャウフフして魔王を倒して幸せになれるかもしれないんですよ!?」
「そんなの興味ありません、僕は生前に楽しかったことなんて殆ど無かったんです……小さい頃から運動が苦手な僕は常にいじめの対象で生きるのが辛かった、友達も出来ず周りは常に敵だらけ、何度も自殺を考えました……こんな僕は生きていてもしょうがないと……そんな僕が転生したってまたいじめられるのがオチです」
瑞基の独白に合わせてジェニファーは手元の資料を捲る。
全てが彼の言う通り、まだ語っていない事には更に辛い出来事がずらりと書き綴られている。
「今回の女の子を助けたのもそうです、こんな僕が代わりに死んで彼女が助かるならその方がいいと思って行動に出ました」
益々瑞基が助けようとした女の子が彼の行いのせいで死んでしまった事を言い出せい空気になってしまった。
「あの、ごめんなさいちょっといいですか? あなたの処遇に関して私だけでは判断を下せません、上司と相談して来るのでそこで座って待っていてもらえますか?」
「はい……」
残念そうに下を向く瑞基、恐らく彼は早く処分を下して欲しいのだろう。
一刻も早く存在を消滅させて欲しいと。
かといって今の霊体である彼に自分をどうこうする事は出来ない。
心配ではあったが瑞基を残しジェニファーは部屋を後にした。
「マライア先輩!!」
「あら、もう終わったの? 初めての仕事にしてはやるじゃない」
「違うんです!! 助けてください!!」
「はい?」
ジェニファーは事の顛末をマライアに話した。
「そう、あなたも初っ端からレアな問題に当たってしまったわね、大抵死んでしまった人間は次こそは良い人生を歩もうと貪欲にこちらに要望をぶつけてくるものなんだけれど、その子余程前世が辛かったのね」
「だからこそ困ってるんです、彼の要望を無視してこちらで勝手に転生先を選ぶかそれとも彼の要望を聞き入れ魂を消滅させるか……」
ジェニファーの表情は晴れない。
「あなたも相当なお人好しね、あなたはもう一人前の女神なんだから自分の思う通り決断するといいのよ」
「そうは言いますけど……」
「分かりました私がアドバイスしてあげる、でも今回だけよ?」
マライアがウインクをする。
「あっ、ありがとうございます!!」
そしてジェニファーに耳打ちをする……そのアドバイスとは一体……。
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