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その10 知らぬは父ばかり
空車を走らせていると、一組の若いカップルが手を上げていました。
車を停めてドアを開けると、乗ってきたのは女性だけでした。
ミニスカートの少し派手目のその女性は
「じゃ、またね」
と男性に手を振って、私はタクシーのドアを閉めました。
車が走り出すと、その女性はスマホのハンズフリー機能で話しを始めました。
これから向かう家に電話をしている様です。
「あ、私。こらから帰る。うん、今タクシー乗ったとこ。ううん、あと二十分位かな」
女性は電話を切った後、ボソッと言いました。
「パパいるのかあ」
少し憂鬱なため息混じりの声。
ちょっとおせっかいかな、と思いながらも訊いてみました。
「お父様ですか?」
「うん。外泊したこと言ってないんだよね」
(ありゃま!)
「ご両親は知らないのですか」
「いいや、ママは知ってる。上手くごまかしてくれてると思うんだけど」
母親には話している様ですので、私は少し安心しました。
女性はまだ続けます。
「パパちょっと厳しいから」
「それで言えなかったんですか」
「ううん、まあ、そんなとこ。だってパパ未だに門限決めるんだよ。二十一にもなってそれってありえないでしょ」
「ううん、そうですねえ」
私は返答に困りました。
私にも高三の娘がいますが、門限は決めてません。必ず連絡する様には言ってますが。
とりあえずこう答えました。
「あなたの事が心配なんですよ、きっと」
「そうかな」
「私にも高三の娘がいますので、何となくわかります。それに、ちゃんとそれを口に出しているなんて、立派なお父様ですよ」
「そうなの?」
「はい。普通は遠慮してなかなか口に出せないものです。それに、気付いていると思いますよ」
「外泊してる事?」
「はい」
本当は『そんな派手な成りしてればね』と言いそうになりましたが、それは抑えました。
お客様は少し考えて答えました。
「運転手さん、ちょっとコンビニ寄って。おうちにお土産買ってくから」
「あ、はい。分かりました」
そして、お客様はコンビニで買い物をして戻って来ました。
「パパがね、ここのシュークリーム好きなんだよね」
「ああ、お父様へのお土産ですか」
「うん、それもある」
と言って、お客様は私に缶コーヒーを差し出しました。
「微糖だけど、いい?」
「え、私にですか?」
「うん」
「ああ、ありがとうございます」
その後、目的地に着き、お客様は
「がんばってくださいね」
と言って、マンションの玄関に入って行きました。
お客様の顔は、何か吹っ切れた様な表情をしていました。
ところで、
私の娘は大丈夫なんだろうか。
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