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その4 真っ白
忘れもしない。
それはタクシードライバーデビュー初日の事でした。
しかも、記念すべき初のお客様。
センターから入った無線で、私はそのお客様をお迎えに上がりました。
街中のマンションの玄関から出てきた三十位の女性は、セカセカした感じで乗り込んできました。
とても急いでいる様子。
「緑○ビルまでお願いっ!」
それはたまたま私が知っている建物でした。
(良かったあ)
「分かりました。出発します」
そう思い車を出そうとすると突然女性は怒鳴りました。
「ちょっと!どっち行ってるの。北一条通り通ってよ!」
えっ!!!
お客様の言う通り。
私が行こうとした道は『知事公館』にぶつかってしまうので回り道になってしまいます。先に『北一条通り』に出た方が効率がいいのです。
しかし、初めてのお客様で、しかも緊張感ピークの私にはそれを理解するだけの余裕はありませんでした。
しかも語気の強さに私の頭は真っ白に。
(ど、どうしよう……)
何とかお客様のナビゲーションで目的地まで辿り着けましたが、途中も
「もっと早く!」
「トロトロしないで!」
など、罵声をかけられ完全に自分を失ってしまいました。
最後に、お客様は
「もっとキビキビ走らないと誤解されるよ」
と言った後
「お釣りはいらないから。がんばってね」
と言って料金千五十円の所、二千円を置いて去って行きました。
私は脇の下と掌にべったりと汗を掻いていました。
もうちょっと要領良く走らなきゃな。(タクシーメーターは停止している時間が多いと、同じ距離でも料金が高くなってしまう構造になってます。お客様が言った「誤解されるよ」とはそういう意味です)
今でも、そのお客様の言葉は私の座右の銘になっています。
もちろん安全運転が優先ですけど。
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