その39 あわれな人

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その39 あわれな人

 先日、とうとう警察のお世話になってしまいました。  最初に警察の方々にお礼を言っておきます。  ありがとうございました。本当に助かりました。  すすきので客待ちをしていると、突然ドアを叩く音がしました。  見ると、金色に染めた髪がオールバックの若い男性。  ドアを開けると、男性は言って来ました。 「一人送って欲しいんだけど、いいですか」  見た目とは正反対の丁寧な言葉遣いに、私は「いいですよ」と答えました。  すると、男性は一人の女の子を抱きかかえ、後ろの座席にドサリと座らせました。  そして、一枚のメモを私に差し出し 「ここに送って下さい。着いた頃には覚めると思いますから」  と言って去って行きました。  メモには住所が書かれています。  後部座席には、酔いつぶれている女の子が一人取り残されました。  少し嫌な予感がしましたが「仕事だ」とあきらめ、私は車を走らせました。  途中心配になり、何回か「大丈夫ですか」と声をかけていましたが、はじめのうちは「ううん」と返事がありました。しかしそのうち返事がなくなってきました。 (まずいかも)  そして、目的の住所に到着し、私はお客様に声を掛けました。 「着きましたよ」  しかし、返事がありません。  何度呼んでも、お客様はピクリとも動かないのです。  仕方なく、マニュアルに従い警察を呼びました。  数分経って、パトカーが到着しました。  私が事情を話すと、警察官はお客様を揺り動かし、数分後にようやく目を覚ましました。 (良かった)  と思ったのもつかの間。女の子は突然怒鳴り始めました。 「ちょっと、何なの。いい加減にしてよ」 「とにかく降ろして。もうこんなとこ居たくない」  全く会話になりません。  始めは優しかった警察官も、ついにしびれを切らせ語気を荒げ始めました。  そんな事が十分以上も続き、お客様は警察官に説得されて渋々料金を払って降りていきました。  無事、帰って行ったのが確認出来ましたので、私は警察官にお礼を言ってその場を立ち去りました。  今思えば、  あの女の子の悪態はその時に始まったものではない気がします。  おそらく呑んでいる最中もああいう感じだったのでしょう。  それで、周りに愛想をつかされ、真っ先に酔いつぶされてタクシーに放り込まれたのでしょう。  そう考えると、女の子が哀れに思えてきました。  どうか幸あれと。 2021.4.21
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