その5 から揚げは別バラ

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その5 から揚げは別バラ

 無線が入り、お客様をお迎えに上がりました。  ある惣菜店の前で待っていると言うので行くと、高齢の二人の女性が立っていました。  二人をお乗せして走っていると、お客様が言ってきました。 「運転手さん、から揚げ好き?」  私は素直に答えました。 「はい。揚げ物全般大好きです」 「そう。よかった。から揚げあるから、もらってくれる?」  そう、遠慮がちに言ってきたその女性に、私は答えました。 「え!よろしいのですか」  そうして、お客様はプラスチックの容器に入った暖かいから揚げをくれました。  車内には、揚げ物のいい匂いが充満しています。 「こんなに頂いてよろしいのですか」  私がそう訊くと、お客様は答えました。 「この前の運転手さんに『嫌いだ』って言われてちゃってね。でも今回は貰ってくれてよかったわあ」  お客様は本当に喜んでいる様子でした。  それと、前回『嫌いだ』と言われた事がかなりショックだった様です。  私はその気持ちを埋めようと、冗談を交えて答えました。 「そうですか。私もうれしいです。から揚げは別バラですから」  お客様をお送りした後、私はそのから揚げを頂きました。  半分残して会社に持っていくつもりでしたが、本当に美味しかったので、その場で全部食べてしまいました。  後日、  偶然、その客様をお乗せする機会がありました。  お客様は気付いてなかった様ですので、私から話しかけました。 「この前は、から揚げごちそうさまでした。おいしかったです」 「あらあ、あの運転手さん」 「会社にもって帰るつもりでしたが、美味しくて全部食べちゃいましたよ」 「そう。それは良かった」  そして、そのお客様は 「今日は何もないけど、これあげる」  と言って缶コーヒーをくれました。  悪いイメージは抱かなかった様ですので、安心しました。  缶コーヒーも別バラかな?
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