その6 天使

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その6 天使

 スマホでタクシーが呼べるアプリをご存知でしょうか。  私自身はあまりタクシーを利用する事が無かったので、この仕事に就くまでは全く知りませんでした。  このアプリの利点は『早さ』と『確実さ』と『セキュリティー』です。  お客様がスマホでタクシーを呼ぶと、近くにいるタクシーに自動的に連絡が入るので五分位、遅くても十分以内でタクシーが到着します。  それに名前は匿名でもいいし、乗り場も自由に設定できます。  ですから、お客様は路上に出て空車を探す必要はなく、電話で住所や名前を言う必要もありませんので、夜のお仕事をされている方や、子育て中で目を離せない方々に重宝されている様です。  そのお客様はこのアプリを使って私のタクシーを呼びました。  連絡を受けた私は、専用のナビに従って指定された場所に行くと、小さな子供を抱えた女性が立っていました。  タクシーのドアを開けて、確認の為名前を伺いました。  すると、抱かれていた小さな子が大きな声で答えました。 「ミクねえ、二しゃいなの」  そう言って、いびつな形で五本の指を出しました。  本人はVサインをしているつもりなのでしょう。  私は反射的に 「へえ、二歳なの。大きいね」  と言うと、その子は上機嫌で 「◎※☆?#がねえ、※&*なの」  と話しかけてきました。  小さなお子様もたまに乗車してきますが大抵はあまりしゃべりませんので、このミクちゃんの様に話し続ける子供は稀です。  途中も 「カラスさん、バイバーイ」  とか 「あ、ワンワンだ」  と、ずっと話していました。  ミクちゃんにとっては、車窓から見える風景のすべてが感動の連続なのでしょう。  私は運転中なので、ミクちゃんの相手をする訳にはいきませんでしたが、自然と笑みが出ていました。  目的地の時計台ビルまでお送りした後、ミクちゃんは 「バイバーイ」  とかわいらしく手を振ってくれました。  天使の様なその姿が目に焼きつき、私はその日一日とてもやさしい気持ちで仕事が出来ました。  ミクちゃん、ありがとう。
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