その7 やさしいJK

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その7 やさしいJK

 私はお客様へのサービスで飴玉を車内に置いています。  他社の応接室に飴が置いてあったのをヒントにそれを置くようにしました。  名目はサービスですが、実際の目的は防犯です。  美味しいお菓子を目の前にしていれば、荒ぶる気持ちも少しは収まるのではないだろうか。そう思っての事です。  実際、今のところ気持ちの荒ぶったお客様にお会いした事はありません。(それが飴玉のせいかどうかは分りませんが)  その日も無線でお客様をお迎えに上がりました。  母親と高校生の女子の二人連れです。 「東区役所までお願い」  母親の方が急ぎ口調で言ってきました。  何かの手続きでしょう。時間は午後四時を過ぎていました。 「分かりました。お急ぎですね」  私はすぐに出発し、東区役所に急ぎました。  道中、高校生の娘さんが言いました。 「あ、飴がある」  意外だったのでしょう。  私はすぐに答えました。 「ご自由にどうぞ。レモンとリンゴとブドウがありますよ」 「へえ、珍しい」  と言いながら、その親子は飴を食べました。  少し急いでいた母親の気持ちも落ち着いて来た様です。  二十分程で無事東区役所に着き、お客様は降りていきました。  それから数週間後、無線で呼ばれ再びそのお客様にお会いする事が出来ました。  その日はお母様だけで、そのお客様の方から話してくれました。 「あの時の運転手さん?」  飴を見て気付いたのでしょう。 「はい、そうです。区役所、間に合いましたか?」 「ええ、大丈夫でしたよ」 「それは良かったです」 「あの後、娘がね、運転手さんの事心配してたんですよ」 「心配?どうしてですか」 「飴、食べ過ぎちゃったかなって」  私は笑いながら訊きました。 「いいえ、全然ですよ。でも、どうしてですか」 「あの飴、運転手さんのお小遣いで用意してるんじゃないかなって心配してたんです」 「ああ、そうですか。それは大丈夫ですよ。時々、お釣りはいらないって言って下さるお客様がいらっしゃいますので、そういう余ったお金で用意してますから。ご心配は無用です」 「そうだったんですか」 「そんなふうに心配してくださるなんて、やさしい娘さんですね」  私がそう言うと、お母様は 「パパがお小遣いだから、そう思ったのかも知れないわね」  と言いながら、笑っていました。  お客様のちょっとした家族団らんを垣間見た気がして、私は少しうれしくなりました。  世の中捨てたもんじゃないですね。
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