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 無職になった。  退職者募集に自分から乗ったとはいえ、実際はクビになったようなもの。「愛想がないし、仕事ができるとはいえない」そう遠回しに言われ続けて、疲れてしまった。  嫌われることをした覚えはないけど、見ていて嫌だと思われても仕方がない。辞める一週間前にはもうどうでもよくなっていた。    そしていま、部屋の掃除をしている。これを機にリセット。埃を取り除いて、ついでにあれもこれも手放してしまえと自棄気味に断捨離を進めている。  要らないと言われた人間が、要らないものを片付けて環境を整備している。その光景は傍から見れば滑稽で、私自身は笑えない。  掃除機をかけている途中だけど少し休憩することにした。キッチンでインスタントコーヒーを飲む。  一歩離れてリビングを見てみると、使った時間の割に部屋が綺麗になっていないことが分かった。何でここまで要領が悪いのかと自分で自分が嫌になってくる。まとめたはずの広告束が早くも崩れていた。  戻って紐で括る。手を動かしながら「次の仕事はこれから探すけど多分何をしても駄目なんだろう」などと思う。  そんな私でも、この部屋に辰也がいたときは仕事の出来も辞める直前ほど悪くはなかった。半年前、一人になってから弱ったのだろう。いまになって彼の存在の大きさに気付いた。  辰也とは友人とも恋人ともいえない関係で、私の部屋に「仕事が決まるまで」と言って転がり込んできて、本当に仕事と共に出て行った。  スポーツジムで働き始めてその後どうしているのか、急に気になり始めた。スマートフォンを手に取ってメール画面を出して文章を考える。  どうしてる? と打って消し、仕事辞めた、と打って消した。  劣等感のせいか、自分の近況を書く気にはなれない。  辰也のことは一旦忘れようと、部屋の端まで塵一つ残さないような気持ちで掃除に戻った。  普段は見えないところも綺麗にしようと、モップを机と壁の隙間に押し込んだ。  埃を覆うように動かして手前に引くと、黒く艶のあるボールペンが一緒に出てきた。どう見ても私の物じゃない。  辰也がこの机を使っていたときに落としてそのままになったのだろう。彼は丁寧なようで、時にズボラだった。  少し懐かしくも迷惑な失し物。高級そうに見えることもあって簡単には捨てられない。  要るか要らないか、持ち主に訊こうと再度スマートフォンを操作する。 久しぶりと前置きをしたうえで、絵文字なしの文章を送った。掃除をしていたら出てきたけど、どうするか。中身はそれだけで、いまの状況など詳しいことは省いた。  
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