図書館の天使

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図書館の天使

当時、私は図書館の職員をしていたが、その日は休館期間中で、 返却された本の整理のために一人で出勤していた。 だから、誰もいないはずの館内に不審者がいるのを見つけた時は、 腰が抜けるほど驚いた。 『うわっ!』 アニメから抜け出したみたいに可愛い、天使の姿の女の子だ。 『ひっ! ……あっ、私は怪しい者ではありません!』 いかにも怪しい。 『いや、でもその恰好(かっこう)……』 『ああこれですね、じゃあこうしたら?』 白い衣装や二枚の翼がちらちらと(またた)く光に包まれたかと思うと、 よく街で見かけるような衣服に変わった。 『おおっと天使様が……こりゃ凄い!』 オカルトに興味がある私はまず、話を聞いてみることにした。 『今の変身、何かの地球外技術では?』 そしてSFには、もっと興味がある。 『ああ、そういう方なら話が早い! 実は私、宇宙人でして』 確かに私は、どういう方と思われても文句はいえない、 純度100%、混じりっけなしの中二病オタクである。 だけど貴方の奇抜(きばつ)さも相当です、と私は言いたい(笑)。 『ではなぜ宇宙人が、こんなところに?』 『仲間と、はぐれてしまったんです。 母国で内戦が起きてしまい、敵の襲撃を(まぬが)れるため本隊は避難、 地上にいた私だけが取り残されて……』 涙目になった。 これは何だか、ヤバそうだ。 『どこから来たの?』 『銀河帝国。銀河系全体に広がって、数十万の種族がいます。 姿形(すがたかたち)はもとより生活様式や発展度、 構成元素までが違う種族の大集団を、治めているんです』 君主制か。 宇宙は広いから大変なんだろうなあ。 『地球は大丈夫かな?』 『すぐに影響が及ぶことはないでしょうけど、 帝国との公式接触が早まるとか、 どこが勝つかで将来の関係が変わるとか、 そういうことはあると思います』 まあ私達は今のところ、恒星間航行もできないから、 少なくとも脅威とは見なされないだろうね。 『来た目的は? もしかして侵略とか、監視とか……』 『いえいえとんでもない! 文明発展度の調査です。 私達は貴方達の文明化を、(かげ)ながらお助けしてきたんですよ!』 ずいぶん古いな! 〝古代の宇宙人〟ってやつなのか? 『先輩達は、神様や悪魔を演じながら当時の人達を支援したそうです』 それでさっきのコスプレか……時代か場所を間違えたな。 『でも、フェルミ・パラドックスって知ってる?』 『一生懸命探しても、宇宙人らしい電波信号とかがないって話ですね? ごめんなさい、私達が隠していたんです。 先進種族がその……発展途上種族といきなり交流すると、 過剰依存や士気低下、先進技術の誤用の危険があるので……』 君が(あやま)る必要は、ないけどね。  私もそんな可能性を、考えたことはあるし。 『内戦というのは?』 『皇帝種族の側近団を務める、軍事種族同士の争いです。 最先進種族は量子頭脳に人格を転移(マインドアップロード)して寿命を克服し、 様々な人工体への再転移(ダウンロード)により、高度な環境適応能力も得ました。 そのうえ個々の人格とは別に、種族全体による共有人格も作って、 国連の理事国みたいに役職を務められるようにもなったんです。 まあ私達は、権力闘争が苦手で途上種族の育成事業を希望した、 文民種族なんですけどね』 彼女は少し恥ずかしそうに、でも嬉しそうに微笑んだ。 一応、悪い連中ではなさそうだ。 『戦況はどうなの?』 『帝国の中枢である銀河系の中央部は、 大変なことになっているみたいです。 恒星まで破壊するような大量破壊兵器が使われて、 皇帝種族の母星系とも連絡がとれなくなっています。 彼女は以前から軍事種族の増加と暴走を心配していたし、 私達も彼女の悩みをなくしてあげたくて、 平和的な発展途上種族の育成に努めていたのに……』 彼女はまた、泣きそうな顔をした。 『君はこれからどうするの?』 『必要に応じて貴方達にも協力をお願いしながら、 助けが来るのを待つしかありません。 宇宙船にある量子頭脳と連絡がつくまでは、 この人工体がもつ知識と能力だけで頑張るしかないんです。 本当に、全銀河系を統一できた国が、 こんなことになってしまうなんて……』 本当に困った様子だった。 まるで熱帯の密林(ジャングル)に一人で取り残された、調査隊員だ。 同情した私は、何か(なぐさ)めの言葉をかけたいと思った。 『人工体は地球で、どれぐらい生きられるの?』 『化学特性は人類に合わせてあるので、何十年かは』 『じゃあ大丈夫だよ! 万一の時でも待てばそのうち帰れるし、 戦争があってもそれを教訓に、平和な国を立て直せると思うよ。 まあ釈迦(しゃか)説法(せっぽう)かもしれないけど、 人類文明だって同じような道を辿(たど)ってきたわけだから』 『では文明について、どうお考えですか?』 おおっ、よくぞ聞いてくれました! ていうか先生! 私の考えを聞いてください。 私は文明論にも興味があるが、なかなか話す機会がない。 人類の文明化を助けたという宇宙人と、そんな話がしたかった。 『人類は文明により発展してきた。 でも結局のところ、人が生きるっていうのは、 どうなっているか知って、どうすべきか決めて、その通りに行い、 生存に必要なもの、すなわち富を作って分けることに尽きる。 だから文明活動で大事なことは、自然から富を得る技術と、 人々で富を分ける政策、この2つが文明の両輪だと思うんだ』 彼女は何だか、面白そうな表情になった。 『そして文明には、一定の循環(サイクル)がある。 技術が進めば社会が変わり、社会が変われば政策も変わり、 その政策が新たな技術開発を促す、という循環(サイクル)だ。 例えば狩猟・採集生活をしていた人々は、 食べ物を探して野山を彷徨(さまよ)わなくてもすむように、 農業技術を開発した。 でも、そうは言っても農業時代の力仕事は大変だったので、 次に動力機関を中心とした、工業技術を開発した』 『そうそう、知的種族の向上心には限りがないですし、 新たな技術は新たな利益と共に、次の課題も生み出すので、 文明の発展って、止まれないところもありますよね』 おおっ、同意してくれた! 『凄い力と速度で動く機械ができて、物や人の流れが増えると、 それらを正確で効率的に制御(コントロール)するため、情報技術を開発した。 さらに、社会活動が複雑化して人智(じんち)に余るようになると、 人工知能が必要になった。 ……どうかな?』 『ほお……よくお勉強されているんですね』 馬鹿にされてるのかな?とも感じたが、 人工体の限界かも、と思い直して先を続けた。 『また、この循環(サイクル)を繰り返す中で、 より高度な技術が加わっていくと、 社会が複雑化して、重要な政策の種類も増えていく。 簡単に言えば、モノを作る、モノを分ける、 ヒトを高める、ヒトを活かす、という順番でね』 『それって、どういうことですか?』 彼女は小首(こくび)(かし)げて、聞いてきた。 『農業・工業技術は主に、モノの生産、確保に役立つ技術だ。 そのため農業・工業時代における国の政策といえば、 主に灌漑(かんがい)などの建設事業や、軍隊の運用だった。 富の生産・確保に役立つ技術を、健全に使うための、 社会基盤(インフラ)建設や国防など、技術的政策が大事だったんだ』 『私達の軍事帝国もそうでしたね……』 私はほっとして、先を続けた。 『しかし工業・情報技術は、モノの流通、配分も大きく改善する。 また、国が豊かになると、その富をどの産業に投資するか、 困っている人々をどう助けるかということも考えないと、 他の国に(おく)れをとったり、内紛が起きたりしてしまう。 つまりは富の再投資・再分配自体に意味のある、 産業政策や社会保障など、経済・社会政策も重要になってくる』 『ああ! 帝国でも産業種族が栄え始めたり、 途上種族への支援が求められたりしていましたね』 『そう?』 私は喜んだ。 『そして情報・AI技術となると、 新薬製造や遺伝子治療、AIによる個別学習など、 人間自身を高める先進的な医療や教育も可能になる。 それらは少子高齢化や生活水準の向上、社会活動の複雑加速化で、 健康の衰えや教育の困難が問題となる時代には、不可欠の技術だ。 特にAIは、人々の労働がますます省力化・高度化してゆき、 企業方針を含む政策決定への参画(さんかく)も求められる中で、 職業選択や人材配置など、人の活用にも役立つと期待される。 そのため、人々の健康・教育といった人的資源政策とか、 政策の国際化や分権化のための行政管理政策も重要になる』 『そうですね! 私達にも医療や教育に関わる有力種族がいますし、 今後は途上種族を国の中核とすべく育成しつつ、 種族に関わらず有為(ゆうい)な人材を活用するとも聞いてます』 『本当に?』 安心した私は、まとめに入った。 『それで私は、こう考えた。 農耕技術という体外物質の利用は、文明を生み出した。 工業技術という体外動力(エネルギー)の利用は、文明を世界に広げた。 情報技術という体外情報の利用すなわち、 大量高速な演算・記録・通信は、文明活動の効率化を通じて、 文明が地球という環境限界に到達した衝撃を(やわ)らげた。 そしてAI技術という体外知性の創造すなわち、 因果法則の発見・利用技術は、文明の利器を環境になじませて、 文明の持続可能性を実現するのではないかってね』 『持続可能性?』 『そう! AIは新素材・動力(エネルギー)知能(スマート)ロボット、 IoT(インターネット・オブ・シングス)とビッグデータ処理、 生物工学(バイオテクノロジー)、先進医療・教育などの関連技術を飛躍的に高める。 それらに共通する特徴は何か? 以上のような技術というのは、機械を自然に優しくしたり、 人間にしかできなかった仕事を機械にさせたり、 争い少なく人々の利害を調整したり、 人間の身体を機械のように治したりできる技術だ。 その共通項を(くく)り出してみると、要するに、 人工物と自然物の間の壁を除いて双方の持続可能性を高める、 体内環境も含めた自然・社会環境に優しい技術だったんだ!』 『つまりAIは文明の持続可能性を実現できる、 次世代の主力技術なんだ。 だから今後の政策というのも、 AIを中心とする環境親和技術を開発・活用して、 富の生産と分配、人の向上と活用、全ての持続可能性をめざす、 そんな政策になるんじゃないかってね!』 『なるほど……』 彼女は考え込んだ。 『でもまあこれは、すでに色々な政策で使われていた、 〝環境・経済・社会・政策の持続可能性〟とか 〝人間の安全保障〟〝ソサエティ5.0〟といった 行政用語を勉強していて考えついたことなので、 すでに上の方じゃ、とっくにご存知かもしれないけどね。 けど私みたいなボンクラでさえ、誰でも確かめうる事実と、 誰にも明らかな論理だけをもとに、誰にでも分かる形で 説明できることなので、きっと間違いないと思う』 ふ~、一気に(しゃべ)ったので疲れた。 しばらくして、彼女は口を開いた。 『興味深いご意見ですね……。 これまでは帝国でも、惑星の環境改造と植民や、 高次空間動力(エネルギー)の利用による超空間航行、 量子頭脳への人格転移(マインドアップローディング)といった、 画期的な技術が開発されてきました。 これらは農業・工業・情報技術に相当するようですね』 彼女はさらに続けた。 『となると次は、AIなどの環境親和技術にあたる技術です。 でも帝国では、今回の内戦からも分かったように、 地球における人工物と自然物の違いよりも大きな、 種族間の違いが問題だから……ああ、ありましたよ!  まさに種族間親和技術といえるような、 量子頭脳の遠隔接続や共同利用、人工体の共通化みたいな、 新技術を開発している技術種族もいます。 大変参考になりました、有難うございます……おお!』 彼女は突然、(ちゅう)を見上げて、 何かに耳を澄ますような表情になった。 『母船と連絡がつきました! 私達の種族は穏健な軍事種族や産業・技術種族、 それに恒星間を渡れる途上種族の協力も得て、 平和の回復にあたることを決定したようです。 どうも大変、お世話になりました。 突然ですが、失礼させていただきます』 私は状況の急変に、動揺した。 『えっ? じゃあ私達は……あと、名前だけでも……』 天使の姿に戻った彼女は、こう答えた。 『私達、地球ではサタンと名乗っていました。 悪役を演じていたので、あまり言いたくなかったんですけど、 もうじき公式な接触と、説明が行われることも決まりましたよ。 これからはよろしくお願いしますね!』 彼女はにっこりと微笑んで窓を開け、 呆然(ぼうぜん)とする私を後に、飛び去っていった。 飛びながら、彼女の姿は再びちらちらと輝いて消えた。 入館の時も、その光学迷彩を使ったのだろうが、 消える直前、翼の生えた猫のような影が見えた気がした。 その後の展開は、歴史の本にもある通りだ。 旧帝国の文明開発長官だったサタンは新王朝の設立を宣言し、 ほどなく人類との公式な接触を果たした。 ただし、彼女は昔から皇帝種族と深い関係にあり、 特に平和主義的な亡命者達を大量に受け入れることで、 実質的には混成種族となっていたようだ。 サタンは好戦的な側近種族達を平定した後、 帝国を再建し、国政の民主化も行いつつある。 また、当時すでに側近種族達は互いの抗争で弱体化しており、 穏健派種族の核となるサタンを滅ぼせなかった時点で その敗北は決まっていたともいわれている。 図書館の天使は、いわば〝ノアの箱舟〟の物語における、 オリーブの枝をくわえた鳩だったのかもしれない。 もっとも、彼女は全てを話したわけではない。 側近種族の一つが何と、皇帝種族の人格群が宿る量子頭脳、 通称〝聖霊〟を地球に隠していたことが判明し、 彼女達はその捜索に従事していたのだ。 だが人類は後にその救出作戦も行って、見事な成功を収めた。 そして今、量子人格化(アップロード)した私は、 仮想空間の中で現皇帝種族の挨拶(あいさつ)を聞いている。 その代表人格は今回、猫耳とコウモリの翼をつけた、 可愛らしい少女という何ともマニアックな……もとい(笑)、 本来の個体に近く、親しみやすい映像体(アバター)()っていた。 『人類の皆様、このたびの量子人格化(マインドアップローディング)達成につき、 心からお喜び申し上げます。 かつて私が文明開発長官を務めていたとき、 人類は最も有望な種族のひとつでありました。 先の帝国内戦における貴方達の協力はもとより、 その発展の歴史から得られた貴重な知識もまた、 国家政策の実現に大きな助けとなっています。 ここに私は皆様への深い感謝を表すると共に、 そのさらなる繁栄と星間社会への貢献を期待し、 今回の大いなる業績の達成を祝福いたします』 ……たぶん彼女は、すでに知っていたのだと思う。 なにしろ共有人格の思考能力は神に近いから、 個体の能力だって、それなりに高いはずだ。 一方私は、文明などに関心があるとはいえ、普通の市民だ。 彼女は正式な交流を始める前に、 私のような個人を検体(サンプル)として、 人類の民度(みんど)を調べただけなのだろう。 似たような事例は当時、他にも数多くあったようだ。 でもまあ、それはそれで面白い経験だったし、 星間国家の繁栄も、そこでの人類の成功も、喜ばしいことだ。 量子人格とはいっても定期的に快適な仮想空間を離れて、 現実世界で活動する義務があるのだが……やれやれ。 いつの時代も仕事というのは面倒だが、生き甲斐でもある。 感謝の気持ちには感謝で応え、仕事に励むことにしよう。 想定よりもかなり延びたが、まだまだ知らないこともあり、 やはり人生、前向きに楽しまないと、もったいない。
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