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追駆ーおいかけー
「こんにちわぁ」
院内であることを意識してか声は小さくしているが、いかにも覗き見をしそうな、魚のような丸い目をした女が、招き入れられるのを待っている。
「堀口さん! わざわざ来てくださったんですか?」
なんで来るの?
深雪は顔をしかめないよう気を付けてお辞儀をする。
近所に住む堀口というおばさんは、いつも両目を見開いているような顔で
瞬きをほとんどしない。
笑ってもいないのに、常に口の端を上げている。
どこで会っても見張られているみたいで、はっきり言えば大嫌いだった。
「さっき救急車が来てたでしょう? もうびっくりしちゃって心配でぇ」
「いやぁ、本当にありがとうございます」
仲良しでもない人が、そんなに心配なわけないじゃん。
パパもなんでお礼なんか言うの?
いつまでたっても帰らない。ついに父が疲れてうたた寝を始めた。
「トイレ行ってきます」
「あらあら一人じゃ危ないわね」
案の定、堀口さんはついて来る。
「実はお母さんね、おばあちゃまのお世話がとてもお辛いって言ってらしたの。お母さん大丈夫? お医者さん、何ておっしゃってたの?」
うるさいな。
深雪が黙っていると、堀口さんは急に声を潜めた。
「ねぇ深雪ちゃん。お母さん、本当に病気で倒れたの?」
深雪は堀口さんの手を引いて、ナースステーションの辺りまで歩く。
そこで彼女の目を、彼女よりずっと大きな目で見つめると、しっかりと言った。
「おばちゃん。もうお見舞い来ないでくれる? ママの病気が悪くなっちゃうから!」
看護師さんやお医者さん、通りかかった人達が一斉に立ち止まった。
堀口さんは、しばらく口をパクパクさせていたが我に返り、ぎょろりと深雪を睨むとそのままエレベーターに乗ってしまった。
「さてと、早くお兄ちゃんのところに行かなくちゃ」
深雪は扉を探す。
さすがにエレベーターは使いたくない。今あの人が下りていったばかりだ。
じっと目を凝らす。
非常口が光り始めた。
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