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そこは車の中だった。
男の子の家の自家用車だろう。雄黄は用心深くドアを開け、
外に出る。ガレージのシャッターは下りておらず、近くにほとんど民家は無かった。
浅緋はリュックからライターを取り出し、雑多に積まれた段ボールに火をつけようとしている。
「ちょっと待て、親父さんだけのはずだろう」
「おばあちゃんも嫌いだ」
言いながらライターのスイッチを押すが、なかなか点かない。
「貸してみ? 危ないから点けてやるよ」
「そんなこと言ってお兄さん取り上げる気でしょう?」
やはり憑りついた男の子が完全に出てきている。
「ママの言うこと聞いてれば‥‥‥」
雄黄はライターを取り上げようと間合いを詰めた。
「パパとおばあちゃんがママの言うこと聞いてれば‥‥‥ぼく、
ぼく死ななかった!」
その言葉に雄黄が一瞬反応してしまった。
隙をつくかのように、透き通った壁が一気に家を包んでいく。
しまった!
扉を探して走るが、目の前の家に近づくことが全くできない。
「パパとおばあちゃんがママの言う通りにしていれば、ぼくずっとママと一緒にいられた!」
浅緋の目から涙がぽろぽろこぼれる。思いが心に突き刺ささる。
大切な、かけがえのない人と突然会えなくなった苦しみを、のたうちまわる絶望を雄黄は一度知っている。
自分も同じことを思った。
あの時じいちゃんとばあちゃんが受け入れてくれていたら、母さんは死なずに済んだのに!
同じ思いを持つ子供が作り上げた硬い壁の箱。
自分ではだめだ。壊せない。
早くしなければ、男の子は浅緋もろとも家を燃やしてしまうかもしれない。
「やめろよ! 俺がおまえを母さんのところに連れていってやる! おまえが迷子になる前に、絶対に連れて行ってやるから! 俺もうまくいったんだよっ、
ほんとだよっ」
イライラしながら叫ぶ。
集中できず、さっき通ってきたはずの車の扉さえ光らない。そこらにあるものをたたき、思いつく限り騒いでみた。この家の愚かな父親とばあちゃんが起きてくれた方が事態がまだましになる。
だが壁の向こうには、何も響かないようだった。
(深雪なら‼)
情けないとは思う。が、雄黄の頭に自分よりずっと小さな女の子の姿が浮かんだ。
だめだ‼
人に与えてしまった魔法を、魔女は二度と使うことができない。
何かの本でそう読んだことがある。
つまり深雪はここへは来られないのだ。
何で俺なんかがこの魔法を受け取った!?
ごめんな深雪。ごめんな浅緋、巻き込んじまって。
(君の力、コピーできたよ)
ふと浅緋本人の最後の言葉を思い出す。
ガタンッ‼ 記憶の引き出しが開いた。
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